その1 たった100円で売上4200億円!



100円


やはり創業社長の物語は好きですね。
「経営のノンフィクション」として得るべきところが
多いからです。

ご存知「百均」の物語です。
いつのまにか「百均」というと「ダイソー」になってしまいましたね。
店舗数は国内に3150店舗。
海外には26の国と地域に1800店舗・・・。

以前はいろいろなところが扱っていたはずですが・・・。
ではそのダイソーの売上規模は、平成29年(2017年)3月現在で
なんと4200億円!何だそうです。
一個たった100円の商品を42億個も売っているのですね。

「42億!」

ブルゾンちえみもビックリですね・・・!?

しかし、もっと驚きなのですが、これだけの規模で、何とダイソーは
上場していないのですね?


興味が出て100円ショップ業界を調べましたが、
100円ショップで上場しているのは3社あるのですね。

セリア、キャンドウ、ワッツの3社です。
面白いのでEDINETで調べてみました。
私はこのEDINETは好きです。
上場企業のあらゆることが分かるからですね。
もちろん、売上は真っ先に分かります。

セリア(平成29年3月期1453億円)
キャンドウ(平成28年11月期680億円)
ワッツ(平成28年8月期461億円)

です。ということは上場3社合計しても2594億円です。

その売上を合計してもダイソーに勝てないのですね。
完全な「一人勝ち」ですね。

でも上場していないということは、財務内容を開示していない
ということですし、あまり矢野社長はテレビに露出していない
ようなので、ベールに閉ざされた企業なのですね。

この本は、この「ダイソーの秘密」を暴いた本です。
ただ肝心の
「なぜ100円で売り続けることができるか?」


という経営的な最重要テーマは、
やはり「門外不出のテクニック」なのでしょうね。

上場するとそのノウハウを公開してしまうことに
なるからあえてしないのでしょうか。

では、その国内最強の「同族企業ダイソー」を見ていきましょう。




その2 魚問屋で大失敗 夜逃げ


では、まず主人公の矢野博丈(ひろたけ)氏からご説明。


本名は栗原五郎といいます。
実は、商売を始めるにあたって改名しているのですね。


五郎という名でお分かりの通り、男5人女3人の末っ子。
中国の北京で、昭和18年(1943年)4月19日に生まれています。
現在74歳になるのですね。


父親は栗原基(もとい)。広島出身で阪大医学部を出た医者さんでした。
戦後日本に引き揚げ、実家の広島に戻ります。

医者の子というと裕福な家庭を想像しますが、
なかなか貧乏な生活だったらしいです。
高校時代はボクシングに夢中になり、
東京オリンピックのバンタム級強化選手に選ばれたほど。

ただ勉強は当然していなく、浪人して中央大学理工学部の二部に
なんとか入学。
ただ学費と生活費は自分で稼いだそうです。
新宿の淀橋市場でアルバイト。
稼ぎまくって有名人になるほど・・・。
でも驚きなのは学生時代に結婚してしまうのですね。


奥さんの苗字は矢野。
それで矢野五郎としたのですね。

ここの下り面白かったのですが、
「栗原という苗字より矢野の方が商売をやるには言いやすい。」

このあたり、もう自分は将来商売で生きていくという
覚悟があったのです・・・。

さらにその後「五郎という名前はやはり貫禄不足だ。」
と判断して、姓名判断の先生に頼んで、
「矢野博丈」
に変えたんだそうです。


卒業後、広島の尾道にある奥さんの実家の魚問屋を継ぐこととします。
しかし、この魚問屋はもうすでに左前の状況。
銀行からの借金はできない状況で親戚中からカネを工面します。
それでもダメで、ついに奥さんと2歳になる子供を連れ夜逃げ。
昭和45年(1970年)の年の暮れのことです・・・。

なかなか波乱万丈の人生ですね・・・。
夜逃げの経験があってその後大成功した経営者は
なかなか少ないですね。
でもそこも面白いですね。

東京に逃げ戻り、セールスやるもまったくダメ。
仕方がないので「ちり紙交換」をやります。

でもこの時はブームでそこそこ儲かります。
何となく覚えていますが、あの頃ちり紙交換がよくいましたからね。

ただここで、広島の実家から呼び出しを受け、
親戚のボーリング場のアルバイトをやります。

これも覚えていますが、私が中学生の頃は確かにボーリングブーム。

「リツコさん〜♪ リツコさん〜♪ 中山〜律子さん〜♪」

の時代背景・・・・。

ただ、なかなか百均はでてきませんね・・・。




その3 最初はバッタ屋から


ボーリング場に働きながら、当時同級生がやっていたバッタ屋を
始めることになります。


「バッタ屋」とは倒産した企業や資金繰りが苦しくなった
企業の在庫品を格安で買取り、安値で売る商売。
このあたりから「百均」の原型がでてきますね。

結局ボーリング場も辞め、道路標識を設置する仕事や
日雇いの肉体労働しながら、このバッタ屋を続けます。
この頃まだ矢野社長は20台。若いですね。

さらに、そのバッタ屋を進化させた「サーキット販売」を
始めます。

この「サーキット販売」とは大阪あたりでトラックに
詰めるだけの荷物を詰め、地方を移動しながら販売する
というもの。
露店で仕入れたようなB級品を、地方の方に売りつけるような商売ですから
まあ物流の悪い、昔ながらの商売ということになるでしょうか。

 

「大阪屋ストアー」という親方の元で働きます。
面白かったのは、その親方は元会計事務所で働いた方。

毎晩そろばんをはじいて、何とか儲けようとします。

当時の移動販売は、「ショバ代」として売上金の1割を
支払う仕組み。
それをごまかして、安く払ったり、粗悪品を高値で
売りつけようとします。
移動販売ですからその場所にまた来るのは数年後のことですから
クレームが来る前に移動し続けるのでしょう。
そう考えると、申し訳ないですがひどい商売ですね・・・。

そのやり方に疑問を持った矢野社長は独立します。
ようやく、ここで「ダイソー」の原型ができましたね。
結局、その大阪屋ストアーは潰れてしまったそうです。

この経験があとで生きてきます。
自分のもうけを優先すると最後はそのしっぺ返しを食う
難しい商売なんだと・・・。

 

まだ29歳。昭和47年(1972年)3月に
ついに「矢野商店」を創業します。

でも、矢野氏は、やる気満々で創業したのではなく、
やはり弱気だったそうです。


「この商売は、いずれ潰れる」


いつもそう思っていたそうです。
何度も倒産の体験をして、この商売の難しさを感じていたからでしょう・・・。





その4 100円でええ


創業後、矢野社長は2トントラックに、商品を詰め込み
ベニヤ板に商品を並べて販売します。

いつも朝4時ごろに出かけ、商品に値札をつけていましたが、
その時は朝から雨。
雨が上がって会場に到着したのは10時。
チラシで宣伝していた影響もあり、お客さんが殺到して、大混乱。
開店準備する時間もなかったのです。

「これなんぼ?」

と次々に聞く客に対して急いで伝票を見ますが、
何百もあって探せません。
客を待たせる訳に行かないから
社長の一言。


「百円でええ」

これ以降矢野社長が取り扱う商品は
すべて100円になったそうです・・・・。

これはテレビでも紹介されたことがあるくらいの有名なお話。

「なぜ百均ができたか」

という日本経営史上に残る逸話ですね。

ビジネスチャンスなんていうのはこんなもんなのですね。

「100円で売りための原価計算をとことん突き詰めた・・・」

という訳ではないのですね。
矢野商店という「屋号」の個人商店で苦労しながら
百均ビジネスを始めます。
ただ「百均」という商売は矢野社長の専売特許ではなかったのですね。
すぐ真似する業者が多くでてきます。

当時はスーパーの一角で催事的な扱いが多かったようです。
ただ、東京や大阪からやってくる業者は、
原価が20円か30円しかないものを100円で売っていたそうです。

それに対して、矢野氏は原価率を上げ、さらに商品をいっぱいに並べることで
他社と差別化。

この頃東京に初進出。
イトーヨーカ堂北千住店での販売で、その原価率から大成功。
これが転機となりました。

昭和52年(1977年)12月。
「株式会社大創産業」として法人化。

面白いのは社名を占い師が決めたこと。

「3画と12画にしたらいい名前になる」

それで「大創」

何だか嘘みたいなホントの話。
成功というのはこんなもんなのでしょうか・・・。




その5 倒産の危機乗り越え成長


ダイソーは平成11年頃
「ダイソーが潰れる」
というウワサがあったそうですね。

「あれだけ安い値段で売ってもうけが出るのか?」

皆そう思うでしょうからね。
海外からの安い輸入品に頼っていたら、円安でいっぺんに
儲けが吹っ飛ぶくらいのことは容易に想像つきますからね。

あの頃、在庫がなんと300億円もあったそうです。
当時の売上がどれくらいあったか分かりませんが、
巨額の在庫を抱えていたのは間違いありません。
回り続ける歯車が止まったら、一瞬にして破綻です。

面白いことが出ていました。
あの頃の矢野社長は、銀行からの融資があるたびに
上限額をめいっぱい借りるようにしていたそうです。

これは中小企業の顧問税理士として、よく直面する問題ですね。

「銀行はよく言われるように、雨の時は傘貸さないですからね・・・」

修羅場を何度もくぐってきた矢野社長は、まさにたたき上げの経営者ですからね。
これは、経営哲学として肝に銘じていることなのでしょう。

私もこれについては何度もアップしていますね。

「赤字で会社は潰れない。潰れるのはキャッシュがないとき。」

まさにそうですから・・・。


平成12年(2000年)
「ベンチャー・オブ・ザイヤー」を受賞して流れに乗ります。
ベンチャーキャピタルがほっておかなかったのでしょう。
3月に9億円の増資、さらに6月に27億円の増資です。
一時は上場公開の寸前までいったそうです。

さらに、この頃から海外進出を果たします。
平成13年(2001年)の台湾出店を皮切りに、
韓国、シンガポールに。

円安の為替リスクを海外進出でクリアしたのですね。
現在ダイソーは海外26の国に約1800店舗を
構えるようになったのです。
国内でも錦糸町の駅前店はすごいです。
売り場面積1000坪で年間売上14億4000万!
こんな企業はなかなかないですね・・・。


ダイソーの矢野社長は現在63歳。
次男の靖二氏が会社に入り、事業承継を視野に入れているそうです。

また8年後に上場公開の予定に入っているそうです。
将来の相続を考えたら上場するしかないのでしょう。

たかが100円。されど100円・・・。
たった100円でこれだけのビジネスにした男は
未来永劫この社長しか現れないでしょう・・・。


(ガンバレ! 100円の男シリーズ おしまい)






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