キリンビール高知支店の軌跡
キリンビール高知支店の軌跡

その1 勇気をもらえる本


キリン

しばらく、あえて女性経営者を取り上げていた理由が
お分かりになりましたでしょうか?


世の中の方向性が女性経営者を待ち望んでいるからなのです。
そのうち日本でも女性の首相が誕生するのでしょうか・・・。



しかし、ここらあたりで、「男性サラリーマンへの応援歌」
でも歌いましょうか!?
最近、野村證券の同級生からの飲み会のお誘いが多くなりました。
50代半ばになるとヒマになってくる方も多いのでしょうね・・・(内緒)


サラリーマンの応援歌というと思い出すのが
NHK「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」ですね。
2000年3月から2005年12月まで放送された名作です。


サラリーマンはあの番組で勇気をもらい、夜な夜な


「風の中の〜♪ す〜ばる〜♪」


と中島みゆきの名曲「地上の星」をカラオケで歌ったものでした・・・。


さて、今回の主人公は田村潤氏。
元キリンビールの副社長。1950年(昭和25年)生まれですので
現在65歳。
キリンビールは2011年(平成23年)に定年退職されているようです。


その方が45歳の時のお話です。
1995年(平成7年)ということですから、もう20年も前のお話。
ちょっと古いネタですが、彼によってキリンビールは
首位を奪回したということですから驚きです。


キリンビールはそれまでビール業界では、「ガリバー」と
呼ばれるほどの圧倒的なシェアを持っていたのですが
1987年(昭和63年)に発売された「アサヒスーパードライ」に
よって首位を陥落してしまいます。
その後しばらく首位の座を明け渡していたのですね。



実は田村氏は、45歳で「左遷されて」高知支店勤務となります。
でもそこからの強烈な努力して副社長まで上りつめます・・・


感動するとともに勇気をもらい、きっとまた
「地上の星」を歌いたくなりますよ・・・。






 その2 懲罰人事で高知へ左遷




ではその主人公、田村潤氏の説明から。


成城大学卒業後1973年(昭和48年)キリンビール入社。
最初の配属は岡山工場労務課。
4年間の岡山時代に「尊敬する上司に恵まれ」多くのことを学びます。


学んだことは二つ。


「現場には本質がある」

  現場のリアリティを大事にし、机上論、美辞麗句を排する。

「人間の能力は無限大である」


  それを引出し、会社の業績につなげ、従業員に素晴らしい人生を
  歩んでもらうことが労務課の役目・・・。


なかなかサラリーマン人生ではこういう素晴らしい上司に巡り合うことは
少ないようです。
その後彼はご栄転し、本社労務課に勤務。もともと優秀な方だったのでしょう。



ただ、ここで「キリン批判」を強烈にします。
「当時の営業風土は、売れすぎて困っていた時代。役所以上の役所と
言われ、官僚主義、形式主義、現場より会議といった風土でした・・・」


この方のサラリーマン人生そのものなのでしょう。本社に6年半いたものの


「それなら、自分が売ってこい」


と配属されたのが、大阪支店の量販担当営業。
でも、そこで彼は業績を上げ、1995年(平成7年)東京本社の量販本部の
企画営業部長代理として、ダイエー、イトーヨーカドーと
セブンイレブンを担当します。


しかし、1995年はあの阪神淡路大震災、オウム事件があった年。
経済的には「価格破壊」が起きて何でも安売り競争があった時代。
スーパーはこぞって海外から安い「輸入ビール」を売り出します。


量販店企画担当としては、「安売りしろ!」との攻勢を受けます。
もちろん社内の上司からも「安売りしろ!」の命令。


それに対して歯向かったのですね。
結果的に「懲罰人事」として、高知支店への「左遷」


それから15年で彼は副社長まで上り詰めたのですからすごいですね。
この本は現在サラリーマンに圧倒的な支持を受けているそうです。


それはそうでしょうね。
安売りしなかったからこそキリンは生き残り、さらに彼も
左遷から奮起して出世したのですから・・・。





 その3 なぜ高知県の営業成績が悪いのか



1995年(平成7年)田村支店長は
奥さんと4歳になった娘を連れて
高知へ赴任します。


高知支店はわずか12名。
支店長と営業マンが9名。それと内勤の女性が二人。
でも支店長はすぐに雰囲気を感じ取ります。


「誰が来ても一緒だよ。時代の流れは変わらないのだよ。」


最下位ランクの「負け犬根性」


この組織を変えていくのですね。
サラリーマンなら、ここを参考にしていただきたいのですね。
ここは何度も読み返しました。



「売上が悪くなると、本社は管理を強化しようとします。」


そうなのでしょうね。
ひと月に20を超える施策と指示が出ていたのです。
もちろん、「売れ!」と号令をかけるだけでは
何も進まないのは分かりきったことです。


これはキリンに限らずどこの企業でも同じなのでしょう。


「総花的な指示」


これがさらに悪循環にはまります。


営業マンも本社からの指示に振り回されて、何のために仕事しているのか
という目的も分からなくなっていくのです。


田村支店長は悩みに悩みます。
四国本部長や本社の営業部長にまで聞きにいきます。


「なぜ高知支店の営業成績が悪いのか」


でも驚きなのはその本社の方すら、理由が分からないのですね。
ある意味ここは強烈なキリンビール批判なのですね。


「本社は本当に現場が分かっていないからさ」


ということですからね。
でも田村支店長は営業マンに対して


「ああしろこうしろ」


とさえ言わなかったのです。
なぜなら
「自分が考えて確信が持てることしか部下に言ってはいけない。」


もう一つ大事なことは、「現場の検証」。
負けから勝ちに転じさせるには、なぜ負けているか、
その原因を見つけ、それに応じた施策を絞る必要があるから・・・




 その4 なぜ仕事をするのか


田村支店長はついに決断します。
それは「本社の指示を無視すること」・・・すごいですね。
こんなことできる支店長は絶対にいないです。
何度も書きますが、強烈なキリン本社批判です。


ビールの販売先はスーパー、酒販店などの量販店向けと、飲食店向けの2種。
そのうち75%が量販店向け、残り25%が飲食店ということですから、
当時キリン本社は、量販店の営業目的を数値目標としたのですね。


田村理論の「現場の検証」から、高知県民は年間270日も宴会をするという
お酒好きの県民性。
飲食店を攻めたほうが、より効果があるのではという仮説を立てたのです。
つまり、飲食店でキリンの美味しさに気が付かせたら、家庭でも飲むために
量販店での売上があがるのではと考えたのです。


営業マンが変わるために研修をします。


「なぜ高知支店がダメなのかを徹底討論。」


結論的に営業マン自身が「飲食店向けの営業をやろう」という決意表明を
させます。
自ら気が付かせるということが大事なのですね。


ただ、当時のキリンの営業は、ほとんど飲食店回りなんかはしていません。
いままでまさに「殿様商売」だったから。
飲食店なんか、せいぜい月に30軒から50軒。
これを月間200軒回ろうという目標。一日10軒です・・・。


ただいままでの殿様営業のつけが回ってきたのか、営業しても
なかなか成果が出ません。
しかも当時は「スーパードライ旋風」が吹き荒れていましたし。



2カ月経ってもまったく成果が出ません。
支店長はついに爆発します。


「目標数字も出てないなら、家に帰るな!」・・・


ただ怒るだけでなく、ここは大事なことです。
リーダーとして


「何のために一生懸命飲食店を回るのか。なぜ仕事をするのか。」

ここを諭すのが仕事・・・。






その5 懲罰人事で高知へ左遷



しかし、部下の営業マンは大変だったと思いますね。
それまでのキリンの営業は、「量より質の活動」。
つまり、「天下のキリン」ですから、まるで「飛び込みセールス」みたいな
営業なんて誰もしたがりません。
キリンというプライドの侮蔑とさえ感じるそうです・・・。
そんなことするより、量販店や酒販店への「提案セールス」を
する方がスマートだし、何より楽なはずですから。


でもこれを、あえてやらせたというのが、まさにリーダーとしての役目。
営業マンも最初はしんどいですが、4カ月もすると慣れてきたそうです。
やがて、本人たちも「量より質の営業が間違っている」と否定し始めます・・・。


そうなると営業マン自身、仕事が面白くなって、
ほっておいても「土日出勤して」営業するようになる・・・。


「ホントかよ〜!」


と突っ込みたくなることろですが、このあたりは、
「労基の問題は一切無視して」
田村流マネジメント術として学ぶべきところなのでしょうね。


どうしたら強い組織にできるか。どうしたら強い営業マンに育てられるか。

 

負け犬根性が染みついた営業マン達には、
今まで、言われたばかりのことをやってきたので、
「自分で考えろ!」
と言われてもとまどってしまうのです。
「勝て!」
と言われれば、なおさら分からずに困ってしまうのです。


行動スタイルを変えられるかどうかは、
「視点や心の置き方を変えてみられるかどうか」、
これだけがむしゃらに営業して、「すべてをなげ打って
集中すると見えなかったものが見えてくる・・・。」


どうでしょうか?
田村流営業手法。


これは私がかつて30年前に営業マンだった頃の営業手法に思えて
「何て古いのだろう・・・」
とは思ってしまいます。


でもご批判を承知で、ある意味では正しいのかもしれないのです。
ただ現代の若者に受け入れられるかどうかはマネージャーの腕次第
なのでしょうね・・・。




その6 高知がいちばん



田村流の「質より量」の営業手法をお分かりになりましたか?
高知支店の行動指針、 「ばかでも分かる単純明快!」


「キリンです!飲んでください!」
といってひたすら回る営業・・・。


さらに秘策を打ちます。



Photo_2

 

 

 

「高地が、いちばん。」
キャンペーンを打ちます。
お分かりの通り高知は酒好きの土地柄。
キリンラガーの瓶ビールの消費量は年間30本と全国一位。
これが高知県民の琴線に触れたのですね。
県民性は一番でないと気が済まないとこらしいいです。
本当に、離婚率が1位から2位になっても悔しがる県民性らしいです・・・。


さらにこの本のクライマックス。
キリンビールの社長に直訴したくだり。
実は1996年にスーパードライに対抗して、キリンラガーの
味を変えていたのですね。
これがすこぶる評判悪かったらしいのです。
「元に戻してほしい」と社長が高知に訪れた際に
直接言ったのです。

 

それを何と社長は聞き入れてしまったのですから、
これはキリンビール史上に残る!?「武勇伝」なのでしょうね。

 

「高知の人の声でラガーの味を元に戻しました」


このキャッチ・コピーで高知県中で評判に。
さらにラジオCMでたたみかけます。


電車編、


「電車が高知県に入りましたので、
ビールはラガーに変えさせていただきます〜」


飛行機編、


「ただいま、高知上空に入りました。今からビールはラガーに
変えさせていただきま〜す」


なかなか・・・。 田村氏は実にしたたかですね・・・。






その7 高知支店がついにトップに




高知支店は1997年に37%まで落ち込んだシェアは
1998年に反転し、2001年に44%になり、
ついに念願のトップに。
でも実に6年もかかったのですね。
営業マンがどれだけ努力したのか・・・。


しかし、キリンビールは逆に2001年にビール業界で
40数年ぶりに2位に転落するという事態に・・・。
これは社会的なニュースとなりました。
ただ社内的には題名の通り「高知支店の奇跡」
「なぜ高知支店はトップになったか?」
ということが注目されたのですね。


この成果により、四国4県を統括する本部長に栄転。


高知スタイルで四国を制覇していきます。
高知スタイルとは、

「ビジョン実現のために、自分の得意先でどう実現したらいいかということを
自分の頭で考えて、主体的に行動すること。」


当たり前のようでこれはなかなかできないことのようですね。


自慢げに四国戦略が記載されていましたが、
ただ一点突っ込みたいところを。

徳島の戦略として、「コンビニ攻略」が紹介されていました。
当時酒屋さんからコンビニへと転換が始まっていた頃。
大抵はオーナーが深夜勤務をしています。
それを狙って、夜の12時から明け方4時まで全員で
コンビニを回ったそうです・・・。


田村氏の部下は本当に大変ですね。
今こんな事やらせたら、労基の問題というより、
社会問題になるのでしょうね。


この強烈な努力の結果、在任2年半で四国4支店の数字は反転し、
4店とも全国でベストテン入り。

またこれでご栄転・・・。




その8 キリン太閤記



何だかこの本は「太閤記」を読んでいるようですね。
足軽から身を起こした藤吉郎が太閤秀吉になるように、
左遷された田村氏が本部長、営業部長、取締役、副社長まで
駆け上がります。
その点は結構爽快に読めます・・・。


2004年、田村氏は愛知、三重、岐阜、静岡を担当する
東海地区本部長にご栄転。
部下の数はリーダー、メンバー合わせ400人。
メンバー全員を3カ月かけてヒアリング。


その結果、打ち出したのが「会議をやめて現場へ出よ」
企画会議や対策会議のようなものは一切禁止としました。
これはすごいですね。
現場主義の真骨頂です。


さらに


「上司を見るなビジョンを見ろ!」


「この会社が存続する意味は何か、なぜこの会社で働くのか、
今の仕事にどういう意味があるのか、そのために何をすべきか」


ちょうど「時の利」も得ました。
この頃行われた愛知万博と中部国際空港で大成功。
この結果、田村氏は2007年3月営業本部長に昇進。
2010年1月15日、ついにキリンはアサヒを抜き、
首位を奪回します・・・。


キリンラガーを飲んだ後のように、
スカッとします。


巻末の田村語録は、営業マンの方なら
ラガーを片手にぜひ噛みしめて読んでください・・・。
田村様ありがとうございました。

 

(ガンバレ! キリンラガーシリーズ おしまい)

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