その1 四半世紀たった今でも起業の名著
昨年は藤田晋会長の退任の際に書かれた「勝負眼」
で終わりましたね。
あれからずっと藤田氏にはまっております。
私の個人的な読書法ですが、ハマルと
その著者の本全部読みたくなるのです。
まず「勝負眼」ですが、YouTubeの有名な番組
Re:Hack(リハック)を見てしまいました。
「無駄に」10年以上この書評ブログを続けていながら
「なぜ藤田氏をもっと取り上げなかったのだろう?」
多少後悔しました。
幻冬舎の見城徹氏との本も全部読みました。
(このお話はいずれ)
やはり藤田氏の原点であるこの
「渋谷で働く社長の告白」
ですね。
当時からこの本のことを知っていました。
でもやはり藤田氏は「同期」ですからね。
(もちろん絶対に藤田氏は私のことは知らない)
何だかライバル視?していたようで、
ジェットコースターのような栄光と挫折のお話を
あえて避けてきたのですね。
この本は、さきほどの「勝負眼」から20年も前のもの。
でもこの社長の文体はさすがです。
実に読みやすい。
しかも経営者としてまったくブレていないのですね。
「なぜこの本を読まなかったのだろう?」
本当に後悔しました。
あと、この本をあえて取り上げる理由なのですが、
この藤田氏が起業したのが1998年ですね。
まさにインターネット黎明期。
でも一気にITバブルが押し寄せました。
脚光を浴びてまさに「時代の人」に。
わずか2年で上場してしまうのですね。
それからITバブル崩壊。
読んでいて哀れに感ずる点もあるのですが、
まさにベンチャーそのもの。
あれから25年経って今や「AIバブル」?
まだ誰もあまり言っていないですが、
インターネットで世の中変わりましたね。
起業開業が一気に進んだ。
でもそのバブルも崩壊して奈落の底へ。
もし今がAIバブルだとしたら
あのころと同じ状況ですね。
「令和の藤田氏」
が登場してもおかしくない場面なのです。
ベンチャーの生き証人である
藤田氏のリアル体験談。
ベンチャー起業を夢見る方にはぜひ。
必見の価値あります・・・。
その2 ゼロからの起業
これから起業したいと思っている方
「ゼロからの起業」
この章はぜひ読んでいただきたいですね。
1998年4月1日。
藤田氏はまさに「ゼロからの起業」
だった訳ですね。
「最初の事業はどうしよう?」
まさに何も考えずに起業したのですね。
私も1998年3月1日起業。
クライアントが一人もいない私自身も
「ゼロからの起業」
何度もこれブログで書きましたが、
初日中野税務署の総務課にいって
「今日から開業した税理士の吉田です。
よろしくお願いいたします。」
誰にも負けないくらい大声で叫んだ、
あの熱い思いが蘇ります。
しかし私は税理士業務をやることを決めて
独立起業した訳です。
それに対して藤田氏は何も考えずに起業。
24歳という若さのなせることなのでしょう。
あと運もありましたね。
当時インテリジェンスの社長であった
宇野康秀氏が全面的に支援してくれたのですね。
宇野康秀氏はご存じの通り、現在U−NEXTの社長。
幸運だったことは間違いないです。
資本金1000万円。
インテリジェンスが700万円。
あとの300万円は藤田氏が200万円。
あとパートナーの日高氏が100万円。
「馬とフェラーリさえ買わなければ
あとは何やってもいいよ」
さすが宇野氏ですね・・・。
でもインテリジェンスの片隅で起業した訳ですが
宇野社長から
「間借で始めたベンチャーで成功例はないよ」
と言われ事務所自体も独立。
月40万円の原宿明治通り沿いのビルを選択。
4月10日から新ビルに引っ越し。
売上ないのに40万円の家賃を借りる勇気。
これすごいですね。
私も自宅の片隅で開業ですからね。
間借で始めた税理士で成功例はないよ」
と誰にも言われなかったですが・・・。
でもここで衝撃の事実。
インターネットに接続できない・・・。
ネットに詳しい専門家でもなんでもない方が
ネット業界に参入してきたのですね。
いまやネット業界で大成功した会社ですが
こんなものなのですね・・・。
その3 今なら完全アウトか?
インターネット黎明期。
サイバーエージェント飛躍のもう一つの
強運もありました。
日経新聞の土曜版にデカデカと1ページを
使ったサイバーエージェントの写真と記事。
それで一気に人気に火がつき、
採用ができたのですね。
設立間もない企業でもアルバイトを使って
急拡大ですね。
ここでいまなら絶対アウトな記述。
「私は週110時間労働を掲げ、
月440時間労働。
それを社内に伝えました」
週110時間というとどれくらい働くか
分かりますか?
朝9時から深夜2時までで17時間。
それを平日5日。
あとは土日に12時間づつ働くと
ほぼ110時間ですね・・・。
いまなら
完全にブラック企業。
社員の給料は20万円。
ということは
200,000円÷440時間=454円!
地方のコンビニだってそれ以上もらえたでしょう。
でもある意味当たり前だったかのようなあの時代。
設立半年後に、東大卒で住友商事で働いた方が
なんと23歳で転職。
入社してきた彼は
「寝袋とか着替えとか持参。
入社から2週間、一度も家に帰らずに
泊まり込みで働き続けました」
あの頃のベンチャー企業の実態ですね。
書きながら思い出しましたが、
開業して数年経った頃でしょうか、あるベンチャー企業の
顧問をやったことあります。
朝の9時に打ち合わせで呼ばれていくと
部屋に何人も寝ていましたね・・・。
ただ内緒のお話ですが、当時もやはり、労働環境の問題は
上場の際に問題になるのですね。
こんな状況でよくサイバーエージェントは
上場できたかといまさらながら不思議に思います・・・。
その4 野村證券出身の経理担当
起業してたった2年で上場した
サイバーエージェント。
非常に有名なお話ですね。
1年目の1999年
「ベンチャーオブザイヤー未公開部門第2位」
になったのですね。
1位は楽天です。
もう上場準備ですね。
もうリアルにあの頃のこと覚えていますね。
私自身も1998年開業。
「これからはネットベンチャーだ!
ベンチャー企業を育てるベンチャー税理士
になろう!」
本気で思っていたからですね。
この本読んで驚きました。
「25歳の財務担当者を取締役にしようと
思っていたが、彼の仲間の経理担当者は全員
辞めていきました」
「同時に野村證券出身の実力派、30台の社員が
ふたりも採用できたのです」
「そうだったのか・・・」
私も30代。
経理経験豊富で税理士です。
しかも野村証券出身。
このころのサイバーエージェントの起業規模は
わずか4億円。
それくらいの規模なら「朝飯前」。
入力から税務申告まで全部ひとりでやれたでしょう。
上場に必要な書類もある程度分かっていますから・・・。
「しまった!」
と思いましたね。
これ以前ブログで書いたことありますが、
開業した直後の1998年に派遣法が改正されて
士業などの派遣も認められるようになったのですね。
開業した頃、最大手の派遣会社に履歴書持って
「営業に」行ったことあります。
まさに「仕事なんかないですか?」と。
出版されたばかりの税理士試験体験記を
とうとうと説明したら、
「なんだ!残念だったね。ちょうどヤフーが
上場するので誰か派遣いないかって
相談が来たところだった・・・」
と言われたのですね。
実はそれっきりでした。
もっと通っていたらサイバーエージェントで
働いていたかもしれないですね。
本当に人生分からないですね。
ヤフーともまったく縁もなかったし
サイバーエージェントにも・・・。
転職を本気で考えていたら
財務担当取締役くらいにはなっていたかも
しれないですからね・・・(妄想)
その5 ベンチャー経営者必読の書
売上4億ほどの会社が上場。
225億円もの資金調達に成功。
でも翌期の売上は32億円
すぇも営業利益は16億円もの赤字。
ITバブル崩壊の波を受け、大暴落。
株価は上場時の8分の1に。
ベンチャー上場の成功挫折。
なかなかなまめかしいですね。
会社はそれでも現金で180億円ももっているのに
時価総額は90億円。
当時の村上ファンドから買収提案。
まさに「ハゲタカファンド」ですね・・・。
さらにGMOからも買収提案。
ここでサイバーエージェントは消滅しても
おかしくなかったのですね。
ここでサイバーエージェントを救ってくれたのは
楽天の三木谷氏。
10億円を投資して株の10%購入。
宇野社長からも厳しい叱責。
「弱音はいているんじゃないよ!」
それで窮地は脱したものの株価は低迷。
10分の1まで下がります。
ベンチャーが上場して
「社員持ち株会で億万長者!」
当時よく聞いたお話です。
でもそれも本当にラッキーのお話。
株価が高い時に売り抜ける方はなかなか
いませんからね。
書きながら思い出しましたが、当時
野村證券系の投資会社でJAFCOも上場。
従業員中で自社株を持っている方で
億万長者がたくさん出ましたね。
持ち株会で数万株持っていれば当然そうなりますから。
でもその後株価が急落。
社員のモチベーションもだだ下がり・・・。
サイバーエージェントの社員間でも
このモチベーションを維持するのは大変だったでしょうね。
2004年9月期で初の黒字化。
そこまでの天国と地獄を描いたリアルな史実。
20年以上たった今でもベンチャー経営者なら
これは必読の書でしょう。
(ガンバレ!最年少上場の藤田会長シリーズ おしまい)