その1 藤田会長と見城徹氏が生んだベストセラー
藤田晋会長シリーズはまだまだ続きますね。
私の読書術ですが、気に入るとその著者の本を
すべて読みたくなるのです。
中学生の時に遠藤周作さんにはまって、
全巻読み切って以来ずっとです。
YouTubeで有名なユーチューバーである大王製紙の元会長、
井川意高さんが
「私が経営者として本当に尊敬するのは、
サイバーエージェントの藤田晋、幻冬舎の見城徹、
GMOの熊谷正樹」
と言っているのを聞いたのです。
巨額カジノ賭博で逮捕された方ですから、
間違ってもお世辞など絶対に言わない方なので、
結構信頼してYouTubeを見ているのです。
その中で藤田晋氏は分かるのですが、
見城徹氏についてはすぐに思い出しました。
この二人の共著があるのですね。
タイトルが過激すぎて、正直なところ警戒して
読んでいなかったのです。
藤田ファンを公言する私としても、
こうなったらを読まざるを得ません。
実はずいぶん前に出された本で、
その続編として
『絶望しきって死ぬために、今を熱狂して生きろ』
という本もあるのですね。
どちらもベストセラーです。
さすが幻冬舎の社長です。
文庫本も出しており、さらにはこの2冊のデジタル本(電子書籍)も
あるのです。
これは素晴らしいです。
ぜひKindleをスマホにダウンロードして、
このKindle本をご購入ください。
時間があればいつでも読み返して、二人の賢者から
経営についてあれこれ考えられるのです。
構成は見城氏のビジネス哲学が最初に2ページほど書かれ、
そのあとにそれを踏まえた藤田氏のコメントが続きます。
見城氏は1950年生まれ、藤田氏は1973年生まれです。
ほぼ2回り違う年の差を考えながら、経営哲学を比較しながら
学べることができるのです。
こんな本は他にはありません。これは間違いなくお勧めです。
その2 見城徹氏と故坂本龍一さんとの関係
「自己顕示と自己嫌悪は、
切っても切れない『双子の兄弟』」
この言葉には、ハッとさせられました。
幻冬舎の見城氏は、
「魅力的な人間には、必ず『自己顕示』と
『自己嫌悪』が双子のようにセットで備わっている」
とおっしゃっています。
どちらか片方しかない人、つまり自己顕示欲だけが強い人は、
単なる「嫌な奴」で終わってしまう。
けれど、会社を経営する上では、自己顕示欲の強さが
必要な場面があるのもまた事実ですよね。
見城氏の友人だった故・坂本龍一さんも、
まさにこの「両極」をあわせ持つ方だったそうです。
だからこそ、あの美しく繊細な音楽が生まれたのだと。
「あのメロディーを支えているのは、彼の自己嫌悪なんだ」
という言葉が胸に響きます。
一方で、サイバーエージェントの藤田氏はこう語っています。
「組織を引っ張る時、自己顕示欲は邪魔になることもある」
と。
「うまくいった時は社員のおかげ、悪い時は自分の責任。
本当に優秀な経営者には、そういう方が多い」
素晴らしい視点ですよね。藤田氏はまだ30代という若さで、
すでにこの本質に気づかれていたそうです。
その背景には、サラリーマン時代の苦い経験がありました。
自分が苦労して取った注文を、上司から「俺が手伝ったからだ」と
誇らしげに言われてしまったこと。
実は、私にも野村證券時代の短いサラリーマン経験の中で、
似たような思い出があります。
「部下の手柄は自分のもの、部下の失敗は部下のせい」……
そんな上司、残念ながらいました(笑)。
結局のところ、自分を出すことよりも
「社員の力を最大限に引き出せる人」
こそが、本当に優れた経営者なのだと
改めて感じます。
その3 見城徹氏の経営哲学
「勝者には何もやるな」
見城徹氏のデスクには、この言葉が貼ってあるといいます。
一見すると厳しい言葉に聞こえますが、
一体どういう意味が込められているのでしょうか。
見城氏はこう語ります。
「勝利すると、誰もが喜びをおぼえる。
しかし、すぐにある種の空しさが訪れる。
その空しさを肯定しよう。
勝利とは、単なる通過点にすぎないのだ。」
彼にとって大切なのは、一人で噛みしめる勝利の美酒でも、
金銭や名誉でもありません。
「俺はまだ闘える」
そう思えること自体が、何よりも大切だというのです。
これは、彼が学生時代に心酔した作家、
ヘミングウェイの生き方そのもの。
常に挑戦し続けることこそが、彼の原動力なのですね。
一方のサイバーエージェントの藤田晋氏も、
大きな成功を収め、富を築いた一人です。
そんな藤田氏も
「実際にお金を持つと、お金なんてどうでもよくなる」
と口にしています。
とはいえ、現実はなかなかそうもいかないはずです。
私自身の税理士としての経験から見ても、
そこまで言い切れる方はそうそうお目にかかったことも
ありませんから・・・。
「勝利までの過程には想像を絶する苦労があるし、
勝つためには相応の代償も伴う」
だからこそ、「会社を作った時のあの苦労は、
もう二度としたくない」というのが本音でしょう。
それでもなお、藤田氏はこう言います。
「でも、もう一度、裸一貫から会社を立ち上げてみたい気がする」
さすが、一流の経営者は覚悟が違いますね。
実は私も、税理士事務所を裸一貫からもう一度立ち上げてみたい……
と思わないことはありません。
ですが、あのゼロから税理士試験に挑んだ日々を思い出すと、
「あの苦労だけはもう絶対にしたくない!」と、
つい足がすくんでしまいます(笑)。
どうでしょうか?
自分に正直に「俺はまだ闘える」と言えますか?
その4 中途採用の活用法
「ノー・ペイン、ノー・ゲイン」
「大手出版社など、大企業にいた人は、
独立するとたいていうまくいきません。
大企業にいると、誰でも周りにちやほやしてもらえます。
それを当たり前に思い、努力してきませんでした。
そのツケが、一気に回ってくるのです。
私は、ある時から、大手出版社にいた人を
中途採用しないようにしました。
ブランドの下で仕事をしてきた人は、
厳しい環境に置かれると、驚くほど仕事ができません。」
藤田氏も同様のことを言っています。
「広告代理店やテレビ局にいた人が、
ネット業界に来ると、それまでの経験から
学んだことをそのまま実践しようとしますが、
逆にそれが原因で失敗することが多いです。」
ネット業界の先駆者である藤田氏だから
こその経験なのでしょうね。
誰もやったことのないことをやるには、
昔の知識は邪魔ですからね。
「経験のある年長者が、経験の乏しい若い社員と
同じ姿勢で仕事に臨むのは、恥ずかしいことに
違いありません。」
この言葉、私には痛いほどよくわかります。
私自身、かつて経理経験ゼロで
小さな会計事務所に飛び込んだ時のことを
思い出します。
プライドを捨てなければ、何も学べない環境でした。
当時、私に仕事を教えてくれたのは、
一回りも年下の高卒の女性社員です。
彼女に毎日頭を下げ、必死に教えを請いました。
中小企業というシビアな現場では、
過去の学歴も、華々しい職歴も、
何の意味も持ちません。
ましてや「俺は昔野村證券で・・・」
何て言っても誰も聞く耳も持ちません。
大切なのは「今、ここで何ができるか」だけです。
また、これまで税理士として、多くの中小企業の中途採用に
立ち会ってきましたが、やはり「大手出身」という看板に
依存している人ほど、現場では戦力にならない
という現実を何度も目の当たりにしてきました。
変化の激しい現代、特にスマートフォンや
ITといった新しい分野で戦ってきた方々の言葉には、
重い含蓄があります。
「ノー・ペイン、ノー・ゲイン。
苦しみ抜いて得られたものにだけ、
価値はあるのだ。」
痛みを受け入れ、ゼロから学ぶ姿勢。
それこそが、新しい時代を生き抜くための
唯一の武器になるはずです。
その5 友情の意味
続編の『絶望しきって死ぬために、今を熱狂して生きろ』の中に、
「友情だけは、ギブアンドテイク」
という言葉があります。
これこそが見城徹氏の人付き合いの基本です。
この一節を繰り返し読んでみてください。
それは、友達を選ぶということです。
「自分を刺激してくれない友達や、
新しい地点に連れて行ってくれない友達は
僕はいらない」
と、見城氏はハッキリと言っています。
これに対して、仕事についてはまったく考え方が違います。
「汗は自分でかきましょう。
手柄は人にあげましょう。
そしてそれを忘れましょう。」
非常になかなか含蓄のある言葉です。
見城氏を人生の師として仰ぐ藤田氏は、
それを学んでいるのですね。
「僕も社会に出てからは、付き合う人を
選ぶようにしました。
三木谷浩史さんや堀江貴文さんなどがそうです。」
しかし、正直な感想を述べれば、
「友情だけはギブアンドテイク」というのは、
すごく寂しい話でもあります。
友情すら計算に基づくものだという考え方に、
多くの人は抵抗を感じるかもしれません。
私自身もそのように感じます。
ですが、藤田氏はこう述べています。
「馴れ合いや腐れ縁に振り回されていたら、
ビジネス社会ではお互いが足を引っ張り合うだけです。
ビジネス社会で生きる者同士であれば、
そんな甘えた心構えは捨てるべきだと思います。」
これが優れた経営者の考え方なのですね。
地元の法人会や商工会で知り合った経営者同士で、
「馴れ合いの」ゴルフや飲み会に興じている経営者の方々にも、
この厳しさを見習っていただきたいところです。
(内緒・・・)
その6 藤田氏の会議論
「会議には懐疑的」
大勢で話し合ったからといって、
物事は必ずしも解決に近づきません。
互いの考え方に注意を払いながら理解を深め合うには、
むしろ対話のほうが優れています。
ワンマン社長である見城氏は、
「僕は、会議が嫌いです。なぜなら、
判断するのは僕だからです」
と述べています。
これは、まさにその通りでしょう。
しかし本人は、
「決してワンマン社長ではないと思っている。
部下の意図は十分に汲んでいるつもりだ。
そのコミュニケーションを、会議を通しては
行わないだけである」
と考えています。
これこそが見城経営学の真髄と言えます。
それに対して藤田氏は、
「出社から退社まで、会議が10数本あります。
それを千本ノックのようにこなすのが日課です」
と語っています。
一見すると真逆で「会議が大好きな社長」のようですが、
会議をリストラしたり、中身を見直したり、
人を入れ替えたりすることを
「会議のメンテナンス」と呼んでいるそうです。
だからこそ、
「会議には懐疑的である」
とズバリ指摘しています。
文章を書きながら思い出しましたが、
もう30年以上も前、某野村證券の関連会社で
企画を担当していたころは、
毎日3回から4回は会議がありました。
朝10時、午後1時、3時、5時と、概ね毎日4回です。
夕方5時の会議が終わるのは夜7時過ぎでした。
それが終わると、皆で銀座へ繰り出したものです。
楽しい思い出でしたが、
その会社は当然ながら倒産してしまいました。
これは内緒の話です。
会議というものに対して、私は「確信的に」懐疑的です。
(がんばれ! 名経営者コンビシリーズ おしまい)