私の独立開業日記
私の独立開業日記

その1 突然の独立



今から12年も前の平成9年12月。
私はようやく税理士試験に合格しました。
長くつらかった受験生時代のお話はそのうち「夢をかなえるゼイ」で
ご披露しようと思っています。


税理士受験生なら誰でもあこがれる官報合格です。その合格を目指して、
受験勉強に必死に取り組む訳ですが、その合格の暁にはどうするかは
意外と考えていないものです。
「合格さえすればバラ色の人生が待っている。」
多くの税理士受験生がそう信じ込んで、ひたすらあの無味乾燥の
計算練習と、つらい理論暗記に取り組むのです。
かく言う私の場合もそうでした・・・。


でもあの時は、官報に自分の名を見つけ、ようやく5年もの苦しい受験生活に
ピリオドを打つことが出来た、もうその喜びだけで一杯でした。


その発表の3日後、まだ合格という美酒に酔いしれていた私に
当時勤務していた会計事務所の先生がこう冷たく言い放ちました。
一生忘れられない言葉です。


「合格したのだからもう一人前だ。今月一杯で辞めてくれないか。」

たったその一言で私の人生は大きく動いたのです。
本当に小さな会計事務所でした。
職員は5名ほど。でも受験勉強しながらも4年間必死になって
仕事しました。
老齢の先生は、勉強している男性職員は私しかいなかったせいか
「早く受かって私を楽にさせてくれ。後は君に任せるからな。」
口癖のように言っていました。
業界の実情を知らない「うぶな」私は、その言葉を信じ込んで、
残業代も出ない薄給で、休日出勤もいとわず人一倍仕事したと思います。


「いきなりそれはないだろう!」
正直に思いました。
今だから言えますが、あの時は若く、まだまだ血気盛んでしたので、
本当に裁判でも起こそうかと思ったくらいです。
しかし今こうして冷静に振返ってみればそれがきっかけで独立できた訳で、
小さな事務所で何でも任され、あらゆることに必死に取りくんだおかげで
貴重な経験も積むことができた・・・
それはそれで良かったのかと今では思えるようになりました・・・。




その2 独立のモチベーション




いきなりショッキングなお話からスタートしてしまいましたかね。
でも独立のこのモチベーション(動機)は本当に重要なのですね。
それを分かっていただくためにあえて自分の経験談を
最初にご披露したまでです。
決して特定の人物や業界を批判している訳ではありません。
その独立のモチベーションについて「脱サラ評論家」として、
詳しくご説明してみましょうか。


私のように止むに止まれず独立した人。それこそリストラにでもあい
仕方なく独立した人も含まれるでしょう。
私なんかもこの業界でいわれる「官報リストラ」ですからね。
この最近の不況期、独立のご相談で多いタイプでもあります。
これをAランクの独立モチベーションとしましょうか。


このランクに所属する人は本当にやる気マンマンです。
「コンちくしょう!今に見ていろ!」という気概もあります。
こういう方々はお会いすると目の輝きが違います。


それと最近これも多いのですが、1、2年後独立しようと会社を
先に、しかも多くの場合が会社に内緒で作っておく方です。
今資本金1円でも簡単に会社が作れますからね。
これをCランクの独立モチベーションとしましょう。


となると多くの方がその中間のBランクとなります。
たいていは会社を退社後、数ヶ月間失業保険で食いつなぎながら
独立起業を夢見る方々です。
ここで失業保険のお話は法的に問題があるとご指摘を受けるでしょうか。
でもそういう方々の気持ちよく分かります。
よくあるご相談でもあります。
ただブログなんかでその問題をアップするのは控えておきましょうか・・・。


とだいたい3パターンに分類されるのですね。
お分かりの通り、ランクが上がるほど成功の度合いが高くなります。
やはりモチベーションは重要だと申し上げる次第です。


でも、これにも当てはまらない「潜在的な脱サラ予備軍」Dランクの方々も、
実は多いのですね。
こういう予備軍からのご相談もあります。
そういう方々は、現在はサラリーマンとしてそこそこの収入もあり、
キチンと仕事をされている方です。
でもなぜか現状に満足できなくて、勝間本やドラッガーを
読み漁っているような方々です。
こういう方々からご相談を受けると私は大抵は独立に反対します。
何故でしょうか。


脱サラや独立はあくまでも自分の意志でやるものだからです。
人から勧められたりアドバイスで決めるものでもないと思うのです。
漠然と「会社辞めたい」という現実逃避とは違うのです。
甘い考えの脱サラはあとで必ず後悔します。
よく聞く言葉ですが厳しい言葉を最後に送ります。


「自殺と脱サラは自分の意志で決めるもの・・・・」





その3 独立の落とし穴



やる気マンマンのAランクの独立でした。
本当に怖いものがありませんでした。
でもここでも非常に重要な落とし穴が待っていたのです。
独立開業を目指す、特に「Aランク」の方のために
ご説明しておきましょう。


その5年前、野村証券を退職し、まさにゼロから勉強をスタートし、
その後会計事務所に勤めながら、
本当に悪戦苦闘の末ようやく手に入れた合格でした。
小さな個人事務所に2人も先生を置いておく余裕はないということを
悟るのにそう時間はかかりませんでした。
「こういう業界なのか。でもまたゼロからスタートすればいいさ。」
もともと独立志向が強かったこともあり、結局文句もいわず
退職することにしました。


「税理士になるために、今までこんなに努力してきたのだ。」
独立開業することに不思議と不安はありませんでした。
「バラ色の人生の扉をついに自ら開け放ったのだ。」
その時は合格の喜びからか、まさに有頂天で自分に取って
怖いものは無かったのかもしれません。


「客はいなくても看板掲げて、いい背広を着て事務所で座っていれば
客は自然に来る。」


そういう話を以前聞いたことがありました。
それは税理士の絶対数が少なく景気のよい頃の昔話かもしれません。
しかし自分でもその時本当にそう考えていたのでしょう。
証券会社に8年もいたせいで、営業で鍛えられた経験から、
顧客開拓に自惚れに近い自信がありましたし、
勤務先の先生より顧客にもっとうまく立ち回れる自信もありました。
何よりも最近の税法や会計学の知識なら負けるはずがない。
長く税理士試験勉強した人なら、皆きっとそう思うでしょう。


しかも当時の事務所の「アナログ・スタイル」に疑問も持っていて
「これからはパソコン中心の新時代が来る」
そんな予感もありました。
「必ずうまくやれる。」
そう信じていました。


しかし、その自惚れが後で予想もしなかった目に
会わされることとなりました・・・。





その4 税理士法の壁



ここで税理士に関する業法のことを、少し説明しなければいけませんね。
税理士という職業に関し、「税理士法」という規定が
非常に厳格に定められているのです。
それまで日々に仕事に追われながら、試験合格にまい進して
いたものですから、その合格後のことはまったく考えていなかったのは
前に述べたとおりです。やはりそこに盲点があったのです。


ここで、開業を目指す「Aランク」の方々に、注意喚起を促すために、
私の失敗談をご披露しておきましょう。
開業のために準備期間があったら事前に気がついたのでしょう。


独立開業する際に、その業種業態で法律の縛りを受けることが
多くあります。
そのあたり事前に確認することをお勧めしておきます。
かつて、証券マンだった頃、「証券外務員試験」という資格を
会社から強制的に取らされました。
そこには証券マンとしての規律が定められていました。
これも金融商品取引法改正によって、より厳格になったようです。
またと不動産関係に職種に従事していたころ、「宅地建物取引業」の
試験も取らされました。
これも不動産取引によって善意の第三者がトラブルに
巻き込まれないように、監督官庁のもとに定められた法律でした。
証券ビジネスにしろ、不動産取引にしろ、その業法に則って
仕事をしないと取引そのものが無効になるなど、「消費者保護」や
「善意の第三者」を保護するために、厳格に作られたものでした・・・。


さて、その税理士法なのですが、合格後あわてて勉強し出しましたが
どうもよく分からない法律です。
「納税者の確定申告をする際には、第〇〇条に基く書面を提示し
説明しないさい。」
「納税者から相続税の申告を受任した際には、第〇〇条に
規定する〇〇をしなさい。」
というような納税者保護については具体的には何も規定がないのですね。


他の業界から飛び込んできた者にとっては
まったく異質の法律に思えました。
「何だこの法律は?」
本当に思いました・・・。
納税者保護というのではなく、税理士という職種を「保護」するため、
規制で縛り上げるような法律です。(ちょっと言いすぎかな・・内密に・・)


その点、コンサルタントという職業がありますね。
その業種の方から顧問の依頼を受けることが多いのですが、
コンサルタントとは何の法律に縛られなく自由にやれることが
いつもうらやましく思えます・・・。






その5 税理士登録申請



今だから言える12年前のお話。


「携帯電話が今後普及して、ノートパソコンもあって
これからは、どこでも仕事ができるようになりますね。
車にパソコンを積んで移動式の税理士事務所に
したいのですが・・・」


真顔で登録の申請の際に質問したことです。
私自身よく税理士法が分かってなかったのでしょう。
窓口の女子職員から厳しく言われました。
「税理士事務所としてキチンと登録してください・・・」


でも独立開業にあたって、結構真面目に考えたことのなのですね。
独立開業する方は、これから売上がどうなるか不安ですね。
それで、昼間に経理など仕事をすることで食い扶持を確保して、
夜や土日に税理士事務所を開業しようと考えたのですね。
「移動式の税理士事務所なんて面白いではないか!」
自分でも良いことを思いついたと、したり顔で窓口で相談したのです。
でもやはり税理士の業界は実に真面目なところなのです。


先日「税理士バーをやろうとする税理士を応援したいですね・・・」
って本音でアップしましたが、どうやら業界的にはかなり問題視されている
ということも聞きました・・・。


今でもそれくらいですから、12年前もちろん厳しいものでした。
神聖な税理士業界において、
「屋台のラーメン屋」のような下品な税理士事務所なんてもちろんダメ!
ということなのでしょうか。
担当者のあきれたような顔をまだ覚えています・・・。


仕方なく自宅で開業することとしました。
でもこのお話も多いご相談ですね。
「開業時からオフィスを構えた方がよいですか?」
もちろんオフィスがあった方がよいに決まっています。
でも切実な資金的な問題が私にも正直ありました。
これは誰でも通る道なのでしょうか。


それより、ここで決定的な「壁」にぶち当たりました。
なんと登録申請してから3ヶ月くらいもかかるそうです。
しかも、その間税理士業務は一切できないのです。
そういう誓約書まで書かせられました・・・。
3ヶ月間自動的に失業するようなものです。
何という厳しい業法でしょうか。


3ヵ月後に寿司屋を開店する板前が
「〇〇法により開業するまで包丁を握ってはダメ」
と言われたようなものです・・・。





その6 広告規制という厚い壁



税理士法についてご説明するには、必ずこの「広告規制」を
お話しなければなりませんね。
当時、税理士の業界は広告することが一切禁じられていました。
DMどころか看板さえダメなのです。ネオン看板なんか街頭に設置したら
訴えられるくらい!


今でこそ、地下鉄に乗ると「弁護士の広告」や「司法書士の広告」が
やたら目に付きますね。
最近では弁護士法人あたりがよくテレビ広告もするようになりました。
実は税理士以外にも弁護士などこの広告規制が数年前に
撤廃されるようになったのです。


登録するに際に、このあたりも厳しく言われました。
本当なら、開業時に大々的にビラでも配って宣伝したいくらいですからね。
開業しても宣伝ができないというのは、正直参りました。
昔から税理士の業界は「紹介」という媒体が主流だったのでしょうか。
例えば、銀行や取引先などから・・・。
そうなると新参者がなかなか紹介してもらえないですね。


結果的に、大きなネームバリューのある事務所はより大きくなり、
新規参入者はなかなか入り込めない「参入障壁」が確かに存在したのです。
あえてそれが作られていたのではないかとさえ今は思っています。(内緒)


最近こそ、ホームページなんかで積極的に宣伝する事務所が
増えてきましたね。
よく取り上げる(ヨイショする)ビスカスなど「税理士紹介会社」なんて
その当時はなかったのですからね。
実はビスカスもあったらしいのですが、その存在を知らなかったのです。
その当時知っていれば、今頃はもっと大きな事務所になっていたでしょうね。
残念です。(またヨイショ!)


でも10年ほど前はホームページそのものすら
「白い目で」見られるような時代だったと思います。
ホームページは規制をかけるべきだ!という議論も実際にありましたね。
ホームページどころかこの業界に入って、
数十年前に街頭に看板を掲げて宣伝した人の悪口が
いまだに言われるのも聞きました。
なかなか陰湿な業界なのですね・・・(これも内緒)
でも税理士を選ぶ側としたらこの税理士はどういう人なのか
当然ですが知りたいはずですよね。


本当にこの税理士法に「保護された」業界の厚い壁に
ぶち当たったような気がしました。
それで私はどうしたでしょうか。


でもこれから開業する方々に申し上げたいのですが
開業にはいろいろな苦難が待ち受けているのですね。
最初からめげている様では本当に独立なんかしないほうがいいですよ。


やる気マンマンの私は、その壁に完全と立ち向かっていきました・・・。





その7 年賀状大作戦



DMさえ「ご法度」の業界です。
年賀状ならいいだろう。すぐ思いつきました。
つまり広告とは「不特定多数」を相手にするものです。
「特定少数」に対して告知することは「広告ではない」
そう考えました。


ところで、その年賀状というのは昔から私は大事にしています。
脱サラした際に、それまで関わってきた会社関係の知人、友人、先輩
その他すべての人に挨拶状と年賀状を書きました。
8年間しか野村證券に在籍しませんでした、多くの方々に知り合いました。
これはこれ自分の財産だと思っていました。
「今までのお礼とともにまたどこかでまたお世話になるかもしれない」
そう思ったからこそ、すべての方々に礼状を書きました。
300枚くらいは書いたでしょうか。
その後年賀状も出し続けていました。
多くの知人、友人、同僚、先輩達は「税理士試験頑張れ」と
応援してくれていました。


そういった方々にまた改めて、試験合格の報告と
開業予定の連絡をしました。
心から喜んでいただいた方も多かったと思います。


不思議なもので、それまで疎遠だった方々からも
多く返信をもらいました。
「君は合格すると思っていたんだ」
そんなものなのですね・・・。


ところで、そういう自分のビジネス上の知人達を
「ベースマーケット」と呼ぶそうです。
マーケティングの用語なのでしょう。
外資系の保険会社に転職した友人から聞いたフレーズでした。
このベースマーケットというのは独立開業では大事なのですね。
やはり自分の基盤となるマーケットがどれくらいあるかなのですね。


元旦の夜に一本の電話がありました。
なんと20年ぶりの聞き覚えのある高校時代の担任からでした。
「合格よかったね。おめでとう。」
心から喜んでいただいているのが本当に電話から伝わってきました。
実はその先生は脱サラ後、ことあるごとに励ましの手紙を、
送りつづけていただいた、まさに恩師でした。
私も本当に感動して、つい電話口で涙ぐんでいました。


「こういう応援してくれる方々のために頑張ろう」

独立開業は孤独なものです。
でも一方で支えてくれる方々もきっと見つかるはずです・・・。





その8 開設準備室大作戦



厳しい税理士法の規定により、登録前に税理士と名乗れないのは
ご説明したとおりです。
ということは名刺も作れないのですね。
開業前に税理士という名刺を作ったことがバレたら
税理士になれないかもしれないのですね。


これも困りました。
せっかく大量の年賀状を出しておきながら、応援して
いただいている方々に挨拶回りしたい。
それには名刺ぐらいと・・・。
でもそんなことをして、万が一税理士登録ができなくなったら
それこそ本当に失業者になってしまいます・・・。


悩みに悩んだ私はついに決心しました。
もう12年前のことですから時効?でしょう。
正直に告白します。
「開業準備室」という名刺を作りました。
これです。

 

名刺


もちろん税理士という肩書きはつけていませんね。
税理士試験合格という肩書き?にしました。
それでも心配性?の私は
「税理士業務は法律により開業後」
とまで付け加えました。


この名刺大事に取ってあります。私の原点ですからね。
こんな名刺をもって開業準備をしている税理士は
その後見ませんね。
私だけでしょうか。
そのうち「税理士記念会館」にでも飾られるでしょうね・・・?


この名刺を持って応援している方々へのあいさつ回りです。
真先に恩師のところへ伺ったのは言うまでもありません。
親しい知人友人には「合格祝いやってくれ」と要求しました。
少し疎遠になっている方にも積極的に会いに行きました。
新年会があると聞きつけると押しかけて
この名刺を配りまくり、この業界への思い、開業の意気込みを
熱く語っていました・・・。


これは税理士開業に限らないお話ではないでしょうか。


「日本一うまい焼き鳥屋 開店準備室」
「カリスマ美容師 開店準備室」

こんな名刺作ってみてはいかがでしょうか・・。





その9 夢を喰うバク



独立開業で一番厳しいお話をしましょう。
おカネのことです。
最初から軍資金をたんまり用意して開業する人はまれでしょう。
ご他聞にもれず私もそうでした。
正直に告白しましょう。


開業資金は退職金などで50万円ほど。
でもそれは税理士登録費用とパソコンなど買ったらあっという間に
なくなっていました。


でもそんな状況でも、日本政策金融公庫(昔の国金)に開業資金を
借りようなどとはまったく思っていませんでした。
「開業したらすぐ稼げるさ!」
もう意気込みと自信(自惚れ?)だけは万全でした。


でも、登録開業まではまさに「失業状態」です。
一方ではカネを使わないように努力もしました。
昼飯などは、いつも立ち食いそばです。
中野駅の1番線ホームに「行きつけの」蕎麦屋がありました。
「かけそば」を注文するのには、まさに小説「一杯のかけそば」みたいで、
少しみすぼらしいので、少しグレードを上げて?「天婦羅そば」を
いつも食べていました。
あまりに良く行くので、店のおばさんと顔なじみになって
内緒のお話ですが、「かやくご飯」をサービスしてもらうこともよくありました。
「がんばりなさいよ。行ってらっしゃい。」
別に身の上相談なんか一度もしたことないのに、
いつもそう声をかけてくれました。


たまに、「豪勢に?」都庁や区役所の社員食堂でも昼食を食べました。
ご存知ですか?あそこは一般にも開放されて400円も出せば
定食で腹一杯食べられるのです。
でも開業のことで夢中で、正直昼食なんかどうでもよかった・・・。


でも不思議とひもじいとか思わなかったですね。
自分は「夢を喰うバク」だと思っていました。


「開業したらあれこれしたい・・・。税理士になったらこうしたい・・・」
常に思っていました。
もう夢を見るだけでお腹が一杯なのです。


確かにハングリーだったかもしれませんが、今思えば楽しかったですね。
「貧しかったけど夢があり楽しかった・・・」
なんだか「神田川」の世界ですかね。


一生に一度くらい「バク」になってもいいと思いませんか・・・。





その10 開業通知大作戦



年賀状大作戦に思いのほか反応があったので、
これは開業通知ならもっと効果が出るのではないか
そう気がつきました。
どこかで聞いた話なのですが、開業通知は多少「派手にやっても」
文句は言われないそうです。
よく同じ高校の出身だとか言って弁護士あたりから開業通知を
もらったことはありませんか。


「千枚くらい書いてやるか」
そうは思ってもそれほど書くあて先もありません。
むやみやたらに送りつけたらそれこそ広告になってしまうでしょう。


それで母校の同窓生に送ろうと、まず高校の同窓会を訪ねました。
現在では「個人情報保護法」があるので、公表された名簿は
存在しないですね。
それこそ名簿そのものを作らない風潮にもなってきています。


でも12年前では、名簿も売っていました。
親切なことに、同窓会の出入りの印刷業者におカネを出せば
「ラベル」まで買えたのです。
それで「卒業生全員に送りつけようか」そうは思いましたが、
一応創立100周年を越える歴史のある高校です。
そんなことをしたらラベル代も馬鹿になりません。
結局、予算的なお話で同級生と恩師に紹介していただいた方々で
合計300人くらいのラベルを購入しました。
今でも同窓会で旧友に会うと「吉田から開業通知をもらった・・」と
冷やかされるお話です・・・。


でもこれなら、早稲田大学に行ったらもっと大量の名簿が集まるかと
期待して早稲田同窓会の事務局も尋ねました。
実は早稲田同窓に税理士を紹介する制度もあることも
知っていました・・・。
事務局の方の勧めのままに同窓会の会員になり、
(実はその時最初で最後の同窓会費を払いました・・・。)
同窓会の分厚い電話帳みたいな高額な名簿を買わされました・・・。
卒業生が大量に載っている住所録です。
せめて同窓の商学部1000人くらいに開業通知を送りつけようとも
思ったのですが、どうも住所が古くて当てにならないので、
結局その名簿は使わなかったですね・・・。


開業通知は印刷屋に頼まなくて自分で刷りました。
(これも予算的な理由で・・・)
封筒と厚紙は印刷屋を電話帳で調べて、
印刷工場まで行って安く分けてもらいました。
初めて買ったパソコンで事務所の地図を苦労して作ったのを
今でも覚えています。
これはこれで結構勉強になりました。


結局出来上がった開業通知は600枚ほど。
これを送りつければすぐお客さんはできると過信していました・・・。





その11 ついに税理士登録



平成10年2月末。ついに税理士として登録が認められました。
税理士会の証標交付式に出席して、ようやく税理士バッチをもらえることが
できたわけです。
そのバッチをもらえたことも感動したのですが、
実はバッチよりもっと感動したのは名刺でした。
刷り上った名刺に、「税理士」という肩書きを見て震えたのを覚えています。
実はこれです。

名刺


「インパクトのある名刺にしよう!」
そう思ってあえて写真付きにしました。今より若々しいですね・・・。
これなら顔を覚えてくれますからね。
今思えば「コピー機のセールスマン」みたいな感じもしますが
当時は写真付きの名刺が少なかったせいで、結構インパクトがあったのでは
ないかと思っています。


さあ、これで開業準備は整いました。いよいよ開業です。
例の開業通知を大量に送りつけて、開業の日3月1日を迎えることになります・・・。


・・・なかなか開業しなくてすいません。このお話もずいぶん引っ張りましたね。
実は「税理士試験こうすれば合格する」で書いていた内容とかなり違ってきました。
時がたつといろいろ思うこともあるのですね・・・。


これから独立開業のお話をようやくスタートさせますが
よくお客さんに申し上げる「開業成功のポイント」は2つあります。
「3日3月1年の法則」と「独立は協立」です。


「3日3月1年の法則」は熱心な私のブログファンなら?もうお分かりですね。
脱サラの法則である「3日3月3年の法則」とかなり近いですね。
でも脱サラより、短く1年としました。やはり開業して1年までがポイントだと
思っています。


「独立は協立」とは独立とは「独り」で立つのではなく、
「協力してくれる人と立つ」ということです。
これも何となくお分かりでしょう。
ビジネスの成功は独りの力では勝ち得ない。家族の協力であったり、
得意先など周りの協力が大事ということです。


この2つの観点から、私の独立開業の実体験をライブで(生で)
お楽しみください・・・。





その12 開業初日



さあ!やる気マンマンの私は9時ちょうどに中野税務署に
乗り込みました。総務課に行って開業届を出しながら
「今日から開業する吉田です!!
よろしくお願いいたします!!」
大声を出したら、総務課全員が目を丸くしていました・・・。
その足で税理士会へもあいさつ回り。
もうそれから走り回りました。


どこへ行っても
「今日から開業です。まっさきに社長のところへ挨拶に来ました。」と。


そんな風に、挨拶状を送りつけた今後可能性のある先を、
アポイントも取らず、いきなり回っていきました。
どうやったら効率よく挨拶回りできるか、前の日から考えていました。
開業初日に名刺一箱100枚配りきった税理士は
多分ギネスもの?でしょう。


しかし、3日も経つともう行くところもありません。


ここで自論の「3日3月1年の法則」
3日目で気づくことも多いものなのですね。
例えば飲食店を開業した人は、1日目はオープンの日で
知人や親戚など訪れる人も多いでしょう。
オープニングセールにつられて来店客も多いでしょう。
そのオープニングセールが終わった3日目からがやはり勝負なのです。


私の方はと言うと、あれだけ開業通知も送ったし、必死のあいさつ回りを
したので多少仕事の依頼の電話がくるかと実は期待していました。
でも1本の電話もない・・・。


正直期待していただけにガッカリしました。「こんなものか・・・」と
でも、その日の夕方に電話がありました。
「開業したばかりで忙しいだろうけど確定申告手伝ってくれないか」


ここで、あの「開設準備室の名刺」が生きました。
簿記学校の合格祝賀会で顔見知り程度の合格者に、思い切って
声をかけて名刺を渡していたのでした。


その翌日に彼の勤務している会計事務所に行くと、
もう仕事がいくらでもあります。
実は税理士会の講師をやるくらいの有名な先生で、確定申告時期は
ほんとうに「猫の手も、新米税理士の手も借りたい」くらいの忙しさです。


私自身仕事どころか、もう行くところさえもないのです。
毎日のように押しかけてお手伝いをしました。
これは正直ありがたかったですね。
これこそ、「独立は協立」なのです。
その後に聞いたお話ですが、その先生は開業したばかりの先生に
声を良くかけるそうです。
きっとご自身もそんな体験をお持ちなのでしょう。
でも本当に感謝しました。それから5年程、先生が特に忙しい確定申告時に
御礼の意味もあってお手伝いさせていただきました。


また相前後して、知り合いの弁護士から数件ご紹介もいただきました。
一生懸命やっていれば、協力してくれる方が必ず現れます。


独立は「独り」だけではできない。本当にそう思います。





その13 初めての税理士業務



もう3月15日まで無我夢中で働きました。
出来上がった申告書に初めてサインをした時は、今だから言えるお話ですが
本当に手が震えました。
「これが税理士としての責任の重さか!」
そう実感しました。


あれから12年経って、申告書にサインするとき、
それほど緊張しなくなりました。
もう何百枚、何千枚とサインしてきたからでしょうか。


お医者さんが初めてオペ(手術)をするとき、きっと手が震えるのでしょうね。
初めて人の身体にメスをいれるとき多分緊張するはずです。
でもやはり、そのうちに何とも思わなくなるのでしょうね。
羊羹を切るのと同じように・・・(変な例えですいません)
しかしそれが最もお医者さんらしい瞬間でもあるはずです。
医者としての誇りを感じる瞬間ではないかとさえ思います。


私もこの12年間で、多くのお客さんの申告書にサインをしてきました。
これ私の方針なのですが、ゴム印なんか使わずに必ず肉筆で
キチンとサインしています。
それが私の、つまり税理士としての大事な仕事だと思っているからです。
初めてサインをした時と同じように、
税理士業務をしている喜びを感じる時でもあります。


サインをしながら必ずこう思います。
「この申告書が問題なく通りますように・・・」
本当に祈ります。
それから自分の大切にしている大振りなハンコを
丁寧に押すことにしています。
開業以来使っている大事なハンコで・・・。


こういうこと書くと、今税務署がやたら勧めている「電子申告」という制度を
反対しているみたいですね。
今や電子署名でハンコがいらなくなってきていますからね。
実は私も自分の申告書は必ず電子申告しています。
ですから別に電子申告ができない訳ではないのです。
でもどうもあれから12年間、自分のハンコを押すことに
自分の税理士としての喜びを感じているからでしょう。


といって国税庁や税理士会に反論している訳ではありません。
電子申告した方ならお分かりですね。
電子申告での署名も送信もあっとい間ですからね。


つまり
「この申告書が通りますように・・・」
と祈る私にとっての至福な時間があまりに短いからなのです・・・。





その14 開業の至福の瞬間



初めて申告書にサインしたときも感動しましたが、
初めて請求書を書いた時もうれしかったですね。
会計事務所職員時代も含めて、請求書を書くことがあっても
当然ですが、それはすべて会社の口座に入金されるのですね。
独立開業したら、それはすべて自分の口座に入るのです。
開業すれば、やればやった分、努力すればその分すべてが
自分の収入になります。
これも感動的でした。


独立開業の理由で一番多いのは
「会社に対してこれだけ貢献しているのに、給料が少ない・・・」
これでしょうね。
この不況期さらに増えているのでしょう。


ここで今だからいえるお話を公開しましょう。
結局開業の月の平成10年3月の売上は、
なんと100万円もありました。


努力の成果なのですが、個人確定申告を何軒かご紹介いただきましたし
やはり先輩の事務所でお手伝いさせていただいたのが
大きかったのでしょう。
「登録前に税理士業務をこっそりやっていたのでは?」
と疑られては困りますが、本当に必死に稼いだのでした。
この金額は多いか少ないかは、それぞれ受け取り方は違うでしょうけど
会計事務所の職員という「薄給の身分」からは破格の金額でした・・・。


それで自分自身へのご褒美ということと、何より応援してくれた家族に
感謝するために、確定申告後の月末に、レンタカーを借りて
1泊の温泉旅行に行きました。
本当に久しぶりの家族旅行でした。
はしゃいでいる子供達の笑顔がうれしかったのですが、
何より自分自身も幸せを感じる旅行でした。
夜に露天風呂につかりながら、こう思いました。


「一月に100万円の売上か・・。
このペースなら年間で1000万円は楽にいくだろう。
開業とはいいものだ。税理士になって本当に良かった・・・。」


まさに天国にでも行ったような、「至福の瞬間」でした。
ただ、これから始まる「地獄」をまったく思ってもいませんでした・・・。





その15 天国から地獄へ



・・・またまた、ショッキングなタイトルになってしまいましたね。
どうも「上げといてすぐ下げる」という私のブログの悪いところが
始まってしまいました・・。


でもこれ正直に書いているのですね。
独立開業の際に、これも私がよくいう言葉なのですが


「半値、八掛け、二割引の法則」

独立開業は自分の思っているようにいかないものです。
自分の思っている売上の半分に。それから八掛けに。
さらに追い討ちを掛けるようにさらに二割引に・・・。


それをあえて実体験を踏まえて申し上げているのです。
こんなことを力説する税理士は日本全国で私だけでしょうかね。
だいたいハッタリの多い税理士ばかりですからね。(内緒)
独立開業をされる方のために、正直に本音で書いているのです・・・。


本当に、それから思いもしなかった「地獄」が始まりました。
あれだけ開業通知を送りつけ、駆けずり回って名刺をばら撒いたのだから、
すぐお客さんはできると、まだまだ自惚れていました。
ところで税理士の仕事は毎年3月15日で終わるわけではないのですね。
ご存知でしたか!?
会社の決算など毎月お仕事をいただかないと、やはり生計的には
苦しいのです。
そういう会社の顧問契約を締結することが何より先決でした。


「顧問契約の締結なんて証券会社の営業に比べたら簡単さ・・・」
多分そう思っていたのでしょう。
しかし、なかなかお客さんはできないのです。
これは根本的なことを間違っていたようです。
税理士とお客さんとの関係は、ものを売っているお店とお客さんとの関係とは
やはり違うのです。
それと税理士の顧問契約をすぐ明日から切り替えるというものできない・・・。


さらに追い討ちをかけるように、また「税理士法」という厚い壁が
またここでも立ちはだかりました。
他の税理士が顧問契約を締結しているお客さんを
勝手に取ってはいけないのです。これはご法度なのです・・・。
本当にあの時にビスカスがあったら・・。


駆けずり回ってもなかなか成果が出ません。
開業二ヶ月目。本当にあせり出していました。
ここでついに私は「大失敗」をやってしまいました。


これは先ほど申し上げたように、これから独立開業をしようとする人たちの
ために正直に書いてみましょう・・・。





その16 借金の誘惑



ここで本当に失敗をしてしまったのです。
借金をしてしまった・・・。
これがなぜ失敗かお分かりになるでしょうか。
これから独立開業する方、また売上に苦しんで借金をしようとする方の
ために、あえて申し上げる「大事なネタ」です。
売上に苦しんだ私は、思わず税理士会に駆け込んで、無担保で借りられる
100万円の融資を申し込んでしまったのです。
当時は本当に軽い気持ちでした。「一応借りておこうか」くらいの・・・。
しかも「先月100万円の売上があったくらいだからいつでも返せるさ・・・。」
そう思っていましたが、これは経営上の大失敗だったのです。


私も税理士事務所開業以来、多くの方々から借金のご相談を受けました。
こういうことを正直に告白するのも、日本全国の税理士で私だけでしょうか。
でもこんな実体験をしたからこそ説得力があるとさえ思っております・・・。


「レバレッジ経営」という言葉をご存知でしょうか。
経営学のイロハのイ。
最近では本田直之さんの著書で有名なお話ですね。
レバレッジとは「テコ」のことです。
例えば、50万円の仕入で100万円の売上があったとしますね。
まさに私と同じです。
50万円の開業資金で開業月に100万円の売上があった。
差し引き50万円の利益です。
ということはもっと利益を出すには100万円仕入れて200万円売れば
今度は100万円の利益が出る。
誰しも経営者は気がつきますね。
でもその時、肝心な100万円の仕入代金がなかった・・・。
その100万円を借りることができればもっと利益が出せる。
つまり、借金という「テコ」を使って利益を拡大しようという経営学です。
なんとなくお分かりでしょう。


では私のとった行動は何が間違っていたのか。
売上の見込みがまだ立っていないのに借りてしまったことです。
この違いお分かりになりますか。
現在では過小資本で会社が設立できる時代です。
多くの起業開業される方が陥るジレンマです。


利益を生む借金かそうでないか、実は借りる人が一番分かっているのです。
赤字の補填や生活費のためには絶対に借金はしてはならないのです。
もっと分かりやすく言えば、「生きた借金」と「死んだ借金」の違いです。
私は利益がつまり生活費が欲しいから借りてしまったのですね。


今なら私はこういうでしょうね。
私の熱心なブログファンならすぐ思いつくでしょう!?
あのスズキ自動車の会長さんの「売上と利益の違いを力説される」
大事なお言葉です。


「儲けがないなら水でも飲んでおけ!」





その17 業界の禁じ手



多分同業者が一番知りたいお話をしましょう。
一般の事業では、独立開業で多いケースは、自分の担当したお客さんに
声をかけて独立後自分のお客さんにする場合ですね。
実際に、建設業や広告代理業、美容室などで
多くそういうケースの開業のご相談を受けてきました。
一番手っ取り早い独立法でしょう。
こういう業界ではいわゆる「仁義なき戦い」が実際にはあります。


でもこの税理士の業界では、その基本法典である「税理士法」により
それが禁じられているのです。通常の業界がうらやましい限りです・・・。


今だからいえるお話をしましょうか。
実は前の担当先にも一応挨拶状を出してあったので、
何人から電話が掛かってきました。「どうして辞めたの?」と。
でも優等生的な会話で、
「自分の身勝手を許してください。今まで通り先生をよろしくお願いします。」
と言って電話を切りました。
本当は頭を下げてもついて来て欲しい。そう心の中では叫んでいたのです。
これは本心でした。
この税理士法というありがたい法律により、顧客の奪い合いは好ましくないと
されているのです。
それどころか、独立して顧問先を何件か取っていったことで
問題になったという話をよく聞きます。
何より、こちらは税理士の登録申請中の身です。
そんなことで問題を起こして税理士になれなかったら、
それこそ単なる失業者になってしまいます・・・。


一番親しくつき合いも長かった担当先の社長が、
この苦しかった開業2ヶ月目に、突然様子を見に来ました。
正直これは当方に乗り換える腹かと内心期待していました。
食事をしながら、その社長はこう言いました。
その時の言葉が忘れられません。


「確かにキミの能力や仕事ぶりは買っている。是非キミについて行きたい。
しかし本音を言えば、キミが駆け出しの税理士であることはやはり不安だ。
1年後やはりダメでしたと急に廃業されても困るし、
あと、やはり今の先生のことが気になる。
強引にキミに変えて何か問題でもなればもっと困るし・・・。」


このときばかりは、少なからずショックでしたけど、
今こうして思ってみると、そういう本音をいってくれる方がいて
よかったのだと思います。
安易な方法で客を作ろうとしないこと。
これは強い税理士を育てる最低限のルールなのだと思います。


開業2ヶ月目。ついに売上はゼロでした。後にも先にももちろんありません。
飲食店で言う「おけら」です。


でもそれが自分の「原点」だと思っています。
その経験があるから今がある。本当に思います。

 



その18 変革の3ヶ月目



開業2ヶ月目で大きな試練を味わった私はついに変わりました。
結果的に変わらざるを得なかったと言うのが正しいかもしれません。
よく私が申し上げる新規開業の「3日・3月・1年の法則」の、
ついに節目の月を迎えることになります。


開業にあたって自分の描いていた夢が、
それなりに甘いものだと知らされました。
なぜこれほどまで自分の予想と食い違ってきたのか
素直に反省しました。


ここで私のとった行動は、一般の独立開業の方と異なるかもしれません。
でも真実はここにもあると思って読んでみてください・・・。


何をこれからするのではなく、とにかく
「信頼される税理士になろう!」
まず意識を変えることからスタートしました。
税理士という職業柄、こんなことは当たり前のことかもしれませんが、
あの親しい社長からの一言で変わりました。


そこでまず、基本姿勢から変えました。
それで「税理士バッチ」をどんなときにも身につけることにしました。
ところで「税理士バッチ」というのを見たことがあるでしょうか。

税理士バッチ.jpg


これです。
弁護士バッチというのをよくテレビドラマなんかでも弁護士がつけていますね。
あのいわゆる「金バッチ」です。
金メッキがはがれないと新米弁護士と見られるらしく、わざと汚してから
身に着けるということを聞いたことがあります。
実は税理士にもこんなバッチがあるのです。
最初から「くすんでいるので」新米でも同じですね。


でも、ほとんどの税理士が身に着けていません。
どうしてでしょうか。
かっこ悪いとか、税理士であることを他人に教えたくないのでしょうか。


これも、業界内の内緒のお話なのですが、
よく税理士会での会合の際に、「バッチ検査」みたいのがあります。
「税理士としてバッチを付けていますか」という確認検査です。
それだけだれも身に着けていない事実の裏返しでもありますね。
昔小学校の時に「持ち物検査」ってあったでしょう。アレと同じです。
いいお歳をした大人が本当にお恥ずかしいお話です。(内緒)


でもここで、私はバッチを身に着けることによって
「真の税理士となろう」本当に思ったのです。
私はそれ以降どんなときにも身に着けています。
お客さんと歌舞伎町(!?)で飲んだときにでさえ必ず身に着けています。


税理士であるという「責任」と「誇り」を常に身に着けるために・・・。





その19 特上寿司作戦!?



飲食店を開業したとします。
その店が思うように売上があがらなかったらどうしますか?
よく飲食業の経営コンサルタントあたりが
「まずトイレ掃除から始めなさい」
「お客さんの目線で考えなさい」
ということを言っています。


自分も税理士としてどのように見られているか
本気でしかも客観的に考えていました。


まず、掃除ではないですが、身なりを整えることにしました。
それで背広を思い切って新調してみました。
それと開業準備以来、節約のため続けてきた
「立ち食いそば通い」を思い切ってやめました。
行きつけの中野駅ホームの蕎麦屋のおばちゃんには
申し訳なかったのですが、あえて行かないことにしました。
ここで立ち食いそばを卑下しているわけではないのです。


例えば自分がもし何か困りごとがあって、弁護士さんを探している時に
どういう基準から選ぶだろう?と。

風采の悪い、もうかってそうもない弁護士には、やはり頼まないだろうと
思うのです。


ここで私がとった「美味しい」作戦を紹介しましょう。
お客さんに会う前に、立ち食いそばどころか、あえて「特上寿司」を食べてから
会うようにしたのです。


美味しいお寿司を食べ、ゆったりお茶でも飲んだら
きっといい顔になるはずですね。
特上寿司に相応しい税理士になろうとも思うのです。


一方で売上がないのですから、その分必死で契約をして
稼ごうとも思うのですね。
これは美味しい作戦です。お勧めしておきましょう。


あと大事なことをこれから申し上げます。
外見だけ立派であっても、やはり中味が伴わなければ
信頼される税理士になれないのです。
それで私はどうしたか・・・。





その20 不撓不屈大作戦



TKCという組織をご存知でしょうか。
この業界では有名な団体です。
テレビCMもやっているし、上場企業なので知っている方も多いでしょう。
名前の由来は「栃木県計算センター」で、昭和41年に設立されています。
コンピュータ会計のさきがけで、20年位前はコンピュータ会計=TKC
であったと思います。


登録開業すると、すぐ電話がかかってきてこの組織に勧誘されました。
ただ、入会金とシステム使用料金が数百万円かかると知って
丁重にお断りしたら、残念ながらそれきりになってしまいました。


TKCの創業者は「飯塚毅」という方です。
飯塚事件で有名なのですが、そういう経緯もあってこのTKCを
設立されたのでしょう。

不撓不屈.jpg


そのあたり、高杉良の「不撓不屈」に詳しく描かれています。
この本は素晴らしい本です。私は3回も読み返してしまいました。
自慢ではないですが、TKC会員ですら3回読んだ人は少ないでしょうね!?
もし私がTKCの社長なら、登録するすべての税理士にこの本を謹呈すれば
もっと組織拡大できると思いますが・・・。


あの頃、仮に資金的な余裕があれば、TKCに入会し(入信し?)
今頃は支部長くらいにはなっていたかもしれません。
本当にすばらしい組織だと思います。


日本最大の会計事務所の組織がどうやって運営しているのか
どうしても知りたいと思いました。
ラーメン店を開業したとします。
行列のできるラーメン屋のレシピをどうしても欲しいと思いませんか。


実は事務所から歩いて15分くらいのところに、
そのTKCの資料室がありました。
飯塚毅氏の所有していた書物と私財を投じて設立された
「租税資料館」というものでした。


そこによく私は行きました。当時そこはTKCの会員でなくても
入れたのですね。
その資料室で、よく租税判例を読んでいました。
何よりも読んでいたのは、業界紙のバックナンバーですね。
開業体験記や事務所紹介記事をむさぼるように読んでいました。
仕事がないから時間はいくらでもあり、
開館時間から閉館時間までいたこともよくありました。


「TKCのレシピを全部盗んでやろう!」
それくらいの「不撓不屈」の精神で、
雨の日も風の日も毎日のように通いました・・・。





その21 不惜身命大作戦



昨日申し上げた「不撓不屈」ですが、この言葉は相撲好きの方なら
ご存知ですよね。
地元中野の人気力士「貴ノ花」が大関に昇進した時に、
口上で出てきた四字熟語です。
あと横綱「貴乃花」に昇進した時の口上ご存知ですか?
「不惜身命」という熟語です。
命を惜しまず相撲道に精進するという意味で使ったらしいのですが
これも仏教用語ですね。


開業して数ヶ月。大げさかもしれませんが命も惜しまず勉強し、
命も惜しまず仕事しました。


「誰にも負けない」強い「不撓不屈」の心と
命も惜しまず「不惜身命」の努力・・・。
これが開業時には必要なのでしょう。


ところでTKCの経営理念は、「自利利他」という四字熟語です。
「自利とは利他をいう」ということだそうです。
ここで気がつきますね。
私の熱心なブログファンならもうお分かりでしょう。
「利他の心」を言われる京セラの稲盛さんと同じことを言っているのです。
これも仏教用語です。
きっと仏教は経営に通じるものがあるのでしょう・・・。


当時TKCの資料室以外にも、「不惜身命」通ったところがありました。
税理士会の資料室でした。

日本税理士会館


当時は田町の駅からずいぶん離れたところにあったのですが、
税務や経営の新刊本も多くあったので、よく行って読んでいました。
今は大崎駅前に日本税理士会館ができたので、
資料室はそこに移転しています。
意外と使っていない税理士も多いのですよ。
行くと租税法を専攻している大学生がいるくらいで・・・。


そこに行ってあれこれ資料をながめていました。
必死になって来るべき時に備えて勉強していました・・・。


武士が戦に備えて「刀を研いでいる」ように。また、
料理人が美味しい料理を作るために「包丁を研いでいる」ように。


そんな「不惜身命の勉強」は、思わぬところで効果が出てくることに
なります・・・。(そのお話はまたあとで)





その22 眼高手低大作戦



大好評の!?「四字熟語シリーズ」。最後に私の好きな言葉を。
「眼高手低」とは、取り方によっては「理想は高いけど実力のない」という
使われ方もします。
でも「志を高く持って、一歩一歩実力をつけること」
そういう意味だと、私は思っています。
理想の税理士像を追い求め、日々努力して一歩一歩進んでいこう!
まさにそう思っていました。


書きながら気がついたのですけど、先日ご紹介した京セラの稲盛さんの
「昨日より今日。今日より明日と一歩前へ」
と同じですね。
これはやはり名言ですね。


開業して数ヶ月たって、ここであせってもし方がないと悟りました。
本当に、一皮向けたように感じました。
するとどうでしょうか。
あれほど新規のお客様がなかなかできなかったのが、
ある日突然仕事の依頼がきました。
これは不思議なものですね。


今となって冷静に考えてみたら当たり前なのでしょう。
例えば、もし新規開業の歯医者さんがいたとして
駅前で、ティッシュを配っていたらどうでしょう。
もし、新規開業のクリニックから、「がん検診」のDMでも
いきなりもらったらどうでしょう。


医者も税理士も同じなのでしょう。
税理士という職業柄、普通の営業とはやはり違うのだ・・・。
まさに実感したときでした。


その頃になってようやく大量にばら撒いた開業通知の効果や
地道な営業努力の成果が出てきました。
ぽつぽつですが紹介の件数も増えてきました。
そうなると私の顔つきもきっと変わってきたのでしょう。
事態がようやく好転し始めたと感じました。


こうして誰でも一度はつまづく「独立開業3ヶ月目の壁」を、
私はようやく突破できることができたのです・・・。





その23 上場企業に飛び込み外交!



そろそろサラッと流そうと思っていたら、なんとランキング1位に
なってしまいました。
これはもっと続けなければならなくなりましたね。
「事実を本音で分かりやすく」をモットーに頑張ります。
でもあまり業界のことを、本音でバラすとマズイかな・・・。
では1位記念に、今だから言える究極のネタをご披露します。


3ヶ月目になって、ようやく壁を乗り越えたと感じましたが、
借金返済はあるし、それほど金銭的にはよくはならなかったのです。
確かに「不撓不屈」の精神で頑張ってはいましたが、本音をいえば
やはり、じっとしているだけでは売上は伸びていかないのです。
ここで何とかしようと思い、昔証券マン時代やっていた飛込み外交!を
やってみました。


ただここで一般企業に飛び込んでも、ご説明した「税理士法」という
厳しい法律があります。
要するに他の税理士のお客さんを「横取り」してはいけないのです。


そこで、まず近隣の銀行に飛び込みましたが、まったく相手にされません。
副支店長あたりが出てきて、体よく追い返されるだけです。
後日何かの勉強会である都市銀行の支店長に、このことを聞いたら、
銀行にはマニュアルがあって、アポイントのない人どころか、
電話さえ支店長は絶対に取らないそうです。
今思えば当たり前ですね。


それで、ある上場企業の社長をほんの少しだけ面識があることを思い出し、
手紙を送りつけた後、その企業に飛び込みました。
税理士で上場企業をお客さんにしようなんて、「不届きなこと」を考えたのは
私くらいでしょうか。


今でもハッキリ覚えています。都心にある上場企業の立派なビルの前に
立ち、意を決して乗り込んだことを。


受付で
「社長のお陰で税理士になりました。是非お会いしてご挨拶したい。」
と名刺を差し出すと、受付嬢も当然ですが困惑した様子です。
やはり、秘書に会えただけで追い返されました。
諦めていると、数日後にその会社の営業部長が、
突然事務所にやって来ました。


「是非顧問になってくれ」

というのです。
これにはちらの方が驚きました。


後日その社長にお会いした時に

「飛込みで来た税理士は初めてだが、何かやってくれそうだったから。」

ということでした・・・。


そんな無茶苦茶な作戦で、実は3社ほど上場企業と、
一応のコネができました。
しかし、記帳代行など経理の仕事があるわけでもなく、
なかなかカネに結びつくような仕事はありませんでした。
正式契約もできず、正直タダ働きも多かった訳です・・・。


今思い返してみると「空回り」していた時期かもしれません。
でも、今より若くやる気も十分ありました。(まだ若いつもりですが)
ベンチャースピリッツというのでしょうか。
でもそれも開業時の「特権」ではないでしょうか・・・。





その24 税金講師大作戦



実は開業したばかりの税理士に対し、所属する税理士会では、
ある程度の仕事を紹介してくれることがあります。
しかし、直接顧問先を紹介してくれる訳ではなく、
お客さんになりそうな可能性を与えてくれるだけなのです。
結局は、後は自力で開拓するしかないということになります。


まず、設立されたばかりの法人に対して、税務署で行われる
「説明会の講師」は、比較的顧客開拓ができる「おいしい」仕事でした。
税理士会もそのあたりを良く分かっていて、特に開業したばかりの税理士に
講師要請をしていました。


何よりも、会社を設立した直後の社長が集まり、そのほとんどが
顧問税理士のいない会社です。
その相手に対して、会社設立時の税務や記帳について
分かりやすく説明するのですが、自然とこちらも力が入りました。
どうしたら、そういう社長達から気に入られ、顧問の依頼が来るか
必死になって考えました。
終わるとすぐ、顧問になってくれというありがたい話も多くありました。


しかし、それに対して税務署や区役所での無料税務相談は
なかなかビジネスにつながることは少なかったのです。
でも選り好みしては、お声が掛からないので、簿記講習会の講師であれ、
何であれ、どのような要請も二つ返事で喜んで出掛けて行きました。


また、税金の講師の仕事もありました。
一般には税理士は話し下手が多いようです。
それは申し訳ないが本当にそう思います。(内緒)
その頃、事務所職員向けの法人税の講師の話がありました。
これも二つ返事で引き受けたものの、職員向けということと
2時間と長時間だったので、正直あまり自信がありませんでした。


慌てて数冊の簡単な法人税の本を買い込み、レジュメと、
それに合わせた講義2時間分の原稿も苦労して作りました。
ウケを狙った冗談まで原稿に書き込んでもみました。
ようやくそれが出来上がると時間を計って、実際に話して録音も取り
綿密な予行練習までしました。


そこまで周到な準備をしてやってみると、確かに好評でした。
これは正直かなり自信になったわけです。
その後すぐ税理士会に行って、講師は得意なので、今後はどんな講師でも
是非やらして欲しいと営業もしました。


そのおかげで、今も続いている講師もあり、その講習会を通じて
開拓したお客さんも実は数多くいます・・・。





その25 記帳指導大作戦



まだまだ、大好評「不撓不屈」大作戦も続きます・・・。


税理士の開業と普通の開業とは、少し違いますね。
税理士には公的な「税理士会」という組織があり、
税務署や関連団体から、いろいろ仕事が舞い込んでくるのです。
その仕事に対して「不撓不屈」で立ち向かっていきました・・・。


特に人気の無い仕事に、「個人事業者への記帳指導」という仕事が
ありました。
これは税務署から依頼された開業したばかりの個人事業主に対し
記帳について指導するものですが、集合研修ではなく、
個人宅に一軒一軒足で回らなければならないことから、
まったく人気はありませんでした。
何よりも泥臭い営業の嫌いな税理士のこと、
申し訳ないですが資金的余裕がないから、無料指導を希望する人に対し、
わざわざこちらから出掛けていって、歓迎されもしない記帳の指導など、
嫌がるのもやはり無理はないかもしれませんね。


でも、私はこれを誰よりも必死になってやりました。
一日に30件を本当に回ったこともありました。
地図を片手に割当先を走って回りました。
この件数は、多分税理士会ではギネスブックものでしょう。


真夏の暑い日に、汗だくの税理士が突然やってくるのだから
相手も、必ず驚きます。
でも必死になって指導したら、その場で申告の依頼がきたことも
本当にありました。


実はこれは大変重要なことですが、熱心に指導して、
もし、自力で申告ができると判断されてしまったら、
それこそ税理士は必要とされません。


事業主にとって、如何に税理士が必要であるかを認識させること、
しかもそれが有料であることも理解させなければ
ならなかったのです・・・。


こういう仕事を通じて、開業したばかりの方にどうやって指導したらよいか
本当に身をもって理解することができた訳です。
もっと言えば、事業主が税理士に何を望んでいるか、税理士の役割や
存在意義までも体感することができました。


その生の実体験に基いて、記帳の本をその後、出版できたのですから、
今思えば新米税理士としての良い「研修期間」だったのでしょう・・・。





その26 NOと言わない大作戦



独立開業した方は誰でも公平にチャンスはあると思うのです。
そのチャンスをいかにつかむか。
それが大事なポイントだと感じます。


「NOと言わない」

これはチャンスを掴むには大切なことだと思います。
税理士という公的な職業ですので、「NOと言わない」ということは
ある意味問題かもしれません。
先日のNHK国税査察官ではないですが、もちろん非合法なことを
頼まれたら当然NOです。


そんなことは当たり前ですが、チャンスを掴むと言う意味では、
やはりNOと言ってはならないのです。
これも先日ご紹介した京セラも、新興企業であった頃、
巨大企業のIBMの無理難題を「絶対にNOと言わない」ことで、
乗り越え成長したそうです。
これを読んで本当に確信しました。
これはやはり独立開業の成功への「キーワード」なのでしょう。


その「NOと言わない作戦」で、こんなことがありました。
税理士試験合格直後、「税理士試験の合格体験記を書かないか」
というお話があったのです。
いくらの謝礼か忘れましたが、ほんのわずかの報酬で
確か原稿用紙で5、6枚くらい。
もちろん「イエス」と受けました。
しかも、原稿用紙に30枚も書いて、郵送でいいのにわざわざ
出版社まで原稿をかかえて持っていきました。
押しかけていって、「文章書くのは得意です」と営業しました。
行ってみて分かったのですが、意外と税理士は文章が書ける人が
少ないらしいのです。(内緒)


その後、何度か雑文を頼まれて、
今では絶版になった「税理士試験のすべてが分かる本」
という出版につながったのです。

それが何度か改訂されて、ベストセラー「税理士試験こうすれば合格する」

税理士試験.jpg


またさらに、「個人事業の超簡単経理」など執筆を依頼されていったのでした。


あのとき
「そんなことできませんよ」
と言っただけで、その後の仕事は一切なかったでしょう・・・。





その27 固定資産税大作戦(1)



独立開業後4ヶ月目に、その「NOといわない作戦」で
忘れられない出来事がありました。
今だから言える、今だからこそ書けるお話をご披露しましょう・・・。


それは、前回アップした「上場企業飛び込み外交作戦」で
無理やりコネを作ったある上場企業からの質問でした。


その役員から
「ウチの子会社の固定資産税が高すぎるので何とかならないか?」
と言われたのです・・・。


もちろん。そんなチャンスにNOと言うはずがありません。

「できますよ。絶対に私が下げてみせます!」
そんなタンカを私は堂々と切ったのです・・・。


もちろん。国税査察部に(!?)にらまれるような非合法の作戦ではありません。
合法的にどうしたら税金が下げられるか、「命を懸けて」必死に考えました。


ところで固定資産税という税金なのですが、通常の税金とは違うのです。
ご存知ですか。
個人の所得税や会社の法人税は、自ら申告する「申告納税方式」と
呼ばれるものです。
つまり、税務署に対して、自ら申告して納税する税金なのです。
それに対して、固定資産税というのは、通常毎年申告なんかしないですよね。
せいぜい自宅を買った時に申告するくらいでしょうか。
しかも、相手は税務署ではなく地方自治体ですよね。
これは、「賦課課税方式」といって、その役所が勝手に「納付しなさい」と
いうものなのです。


税理士試験の科目の中で、「固定資産税」という科目もあります。
「地方税」としてボリュームが少ないので結構人気の科目のようです。
実は、私はそれを選択しなかったのです。
そんな科目勉強する気がなかったというか。
私が受験した科目は、法人税、所得税、相続税と消費税です。
すべて「申告納税」する「国税」の科目のみです。
税理士試験は、課題を与えられ、いかに税金を下げるかを
制限時間2時間の中で計算する試験なのです。
だから、賦課決定される固定資産なんて勉強しても意味がないと
思っていました。


でもここで、残念ながら固定資産税についての「御下問」です。


それで私はどうしたか?
ここで「不撓不屈作戦」が生きてきました。
TKCの資料室に通った甲斐が出てきました。
固定資産税の資料はどこに何があるか分かっていました。
その資料室にまたこもりました。
税理士会の資料室にも行って、誰よりも固定資産税を勉強しました・・。


「どうしたら固定資産税を下げられるか」
真剣に「不撓不屈」で考えに考えました・・・。





その28 固定資産税大作戦(2)



書きながら気がつきましたが、やはり、その上場企業や地方自治体に
ご迷惑をかけてはいけませんね。守秘義務もありますし、
私なりに秘密のノウハウです。サラッと書きましょう・・・。


合法的に固定資産税を下げるために、いろいろ考えたのですが、
そのために、自治省や建設省(今の国土交通省)まで出かけました。
もちろん、条文を良く調べた上で、実際の担当官に何度も通って
聞きまくりました。
今ならWeb上でかなり情報開示されていますが、
やはり実際の運用はどうなっているのか確かめるためです。
役所に出向き、税理士である旨を告げると結構親切に対応してくれました。


そうこうして数週間経って、何とか下げてもらう作戦を考えつきました。
あとは実行あるのみです。


会社に連絡して、ようやくプレゼンテーションをする機会を
得ることができました。
子会社の所在する町役場にて説明会を開くことになったのです。


今思えば、一世一代の大勝負です。
東京から資料を抱えて、意気込んで飛行機に乗り込みました。


行ってみると、町役場も大騒ぎです。
町長はじめ町の幹部が総出で、「東京から来た固定資産税の専門家」を
迎え撃つ体制です。
こちらも子会社の社長以下数名の大軍で押しかけています。
その中で、私が一人プレゼンテーションをやりました。
ものすごく長く感じられましたが、1時間ほどプレゼンをやったでしょうか。
こちらも緊張していて、ほとんど内容を覚えていません。
でも、1時間も話すともうそれ以上説明することすらありません。
急造の「固定資産税専門家」の化けの皮がはがれかかってきた時でした。


町の幹部の方が、助け舟を出してくれました。


「せっかく東京から大挙してお見えになったのだから
これから懇親会でもしましょう。」


内緒ですがまだまだ日も高い時間でした。


でも、そこで腹を割って町役場の方々と何でも話しました。
子会社の窮状などアルコールのせいもあって、打ち解けて
しかも本音で話し合いができたと思います。


実はその会議は延々深夜まで続きました。
その地方で酒というと「日本酒」です。
当時はあまり飲み慣れていなかったのですが、こちらも必死でした。
一升くらいは無理して飲んだかもしれません。
酒席の場でも「NOと言わない」のです!?
緊張しているせいかほとんど酔わなかったようです。
でも何とかしようと私も必死でした・・・。


そしてその結果どうなったか?
守秘義務があるのでブログなんかで、これ以上アップしません。
ただ、その直後、めでたく子会社の顧問税理士に迎えられたのは
事実です・・・。





その29 失敗談



しかし失敗もありました。
これも今だから言えるお話ですね。正直に書いてみましょうか。


開業してまだ数ヶ月、まだまだ売上が伸びず苦労していた頃、
事務所に仕事の依頼の電話が突然掛かってきました。
なかなかダイレクトに依頼の電話は少ないものです。
喜び勇んで、指定された都内のある雑居ビルの一室に駆付けてみると、
パンチパーマでサングラス、ハデな背広を着た、見るからにその筋と
分かる人が出てきました。


「これ申告してくれへんか。」と関西弁で出されたのは、
提出期限がとっくに過ぎていて、しかも、複雑で
手の掛かりそうな会社の資料。


「こういう会社はお断わりしよう。」
と心の中では叫んでいたものの、やはり売上も正直欲しかった・・・。


「今月はこれで資金繰りが少しは楽になるかもしれない・・・。」


さらに新米税理士としていろいろ考えました。


「こういう人を相手にしてはダメだ。オレは税理士先生だ。」


「イヤイヤ。商売に貴賎はない。
どんな方にも申告義務もある。納税者は平等だ。
人を外見から判断してはダメだ。案外よい人かもしれない・・。」


若干の心の葛藤もありました。
しかし、その直後に言葉の方が先に出ていました。


「では決算料はこれでいいですか。」

「これで設備投資にもう少し資金が回せる・・・・。」


契約直後に、まだ買えていなかった設備投資を
喜んでいくつか注文していました。


それから数週間、渡された領収書の山と格闘しました。
やっとの思いで申告書を作成し、なんとか提出することができました。

その提出した申告書と請求書を持っていくと、
その報酬を案の定、払ってくれません。
困りました。こちらも支払いも残っています。


それから数ヶ月間、何度も「払ってください。」と
パンチパーマのもとへ通いました。
しかしパンチも百戦錬磨でした。
のらりくらりと一向に払ってくれる気配すらありません。


しかし、こちらも生活が掛かっています。
タダでは帰れません。
実はそのパンチから2件も新規先を紹介してもらいました。
そういう筋の方は結構顔も広いのですね。
でも私くらいでしょう。そういう方からお客さんを紹介してもらったのは・・。


しかし、パンチもやがてその事業自体が破綻したらしく、
どこかいなくなってしまいました。
当然の貸し倒れです。


その設備投資の支払もなかなか完済できません。
その代金は結局あとから支払うことができましたが
苦しかった思い出として今も残っています・・・。





その30 ついにマイ・オフィス



開業して半年くらい経ってからでしょうか。
ようやく転機が訪れたように感じました。
お客さんが急にでき始めたのです。


今まで蒔いていた種が一変に芽が出てきたよう。
1件の客が紹介で2件、3件にと細胞分裂を始め、
毎週1件くらいのペースで増えだしたのです。


ありがたいことに1日に3件同時に依頼されたこともあり、
一方で、本の執筆要請も正式に来ました。
もう寝るヒマもない忙しさです。
でもこれはこれで本当にありがたいと感じていました。
初めての年末も、除夜の鐘を聞きながら仕事をしていました。
それでも「これでやっと無事に年が越せる」
そんな喜びをひしひしと感じながら・・・。


開業1年目の春。確定申告でいただいたおカネをはたいて、
思い切って駅前の小さな一室を借りました。
真新しい大きな机を前にして、肘付の椅子に腰掛けた瞬間、
本当に独立してよかったとしみじみ思いました。
あの感動とあの気持ちは忘れてはならない。よく思います。


一方で、「独立は協立」
本当にそうなのです。
応援して支えていただいたお客様、友人、そして協力してくれた家族に、
そして、困ったとき苦しかったとき、救いの手を差しのべてくれた税理士会の
諸先輩に感謝しなければなりません。


開業してから1年くらいは、本当に無我夢中でした。


忘れられないような出来事が多く、とても書ききれないし、
事務員時代の経験とは比べものにならないものです。
でもそんな体験をしたからこそ、今があるのだと最近よく思います・・・。



・・・「私の独立開業日記」も少し気合を入れすぎた
かもしれませんね。
もう「その30」にもなってしまいました。
おかげで「ランキング1位」も連続していますが・・・。


でも少し調子に乗りすぎたかもしれませんね。
あまりこの業界の内情をばらしてもいけませんかね(!?)
個人的には結構楽しんで書きましたが・・・。
ということで、またいずれこの続きを書くことにしましょう。
これから独立開業される方の何らかの参考にでも
なれば幸いです。(あまりならないですかね?)



(私の独立開業日記 おしまい)

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