その1 野村證券には同期会はそもそも存在しない




野村證券初の同期会




脱サラのお話を熱く語りだしたときに、
まさにグッドタイミングなことが起きました。


私は野村証券1984年(昭和59年)入社です。
それが1992年(平成2年)、わずか8年あまりで
退職してしまったのですね。


同期入社が240名ほどいました。
(30年前の写真はこちら


入社1、2年目あたりはよく研修で同期と会っていましたが、
勤めて3年も経つと、まったく会わなくなってしまったのですね。
しかも私のように退職してしまうと、当然ですがまったく・・・。
一部OB組の同期とは親交を深めてはいましたが。

 


実は野村証券にはいまだかつて、「同期会」という言葉すら存在しません。
それどことか、出身学校同士で集まるような会、
例えば早稲田なら「稲門会」というようなことさえ、
全く存在しません。


これは「経営の方針」なんでしょうね。
つまり、そもそもが実力本位の会社ですから、入社年次が同じだとか、
学校が同じだからと言って「徒党を組む」ようなことは
絶対にやらせなかったのでしょう。


我々の年代は、入社年次で確かに「59年生」とは言われましたけど
「59年生同期会」は本当になかったのですね。
それが、その入社30周年を記念して、ついに実現したのです。



写真はその時の集合写真。
私は控えめに真ん中あたりの一番後ろ。



では面白いので、その「野村証券初の同期会」に触れてみましょう・・・。





その2 同期入社の過半数が参加




参加者はなんと130名!
同期の過半数が参加です。
大盛況ですね。


そのうち、なんと野村證券及びそのグループ会社の方々が
100名!多いですね。
あとは私のように退職したOB!!


実は1枚の写真に全員が写らないので、集合写真が3枚もあります。
でも勝手にアップしたら、まだまだ野村證券に現役で活躍している
方々に申し訳ないので、1枚のみです。


正直もっと辞めているかと思っていたのですね。
話を聞くとまだまだ多くが野村證券に残っているそうです。
それはそうでしょうね。日本各地の支店で働いているのですから
急に東京には集まれないですからね。



写真よく見ると、頭が白くなったり、毛がなくなっていたり・・・。
まあもういいオッサンですね・・・。
でも、なんだか私にとっては懐かしい面々。
30年前は当然皆若々しくて、研修の度に夜飲みに行って
遊んでいた・・・。
しかし自分のように退職したものまで「同期」といっていただいたのが
正直うれしかった。



野村證券初の同期会も、5名ほどの「自然発生的に誕生した」幹事の
ご尽力で成立したのでした。
そういう意味で、野村證券も変わってしまったのでしょうか・・・。





その3 サラリーマンにとって肩書とは



かつて同期が240名もいた「59年生」なのですが
実はその中から誰も社長になりませんでした。
現在の社長が57年生ですから、もう我々の年代では
ありえないのですね。
話を聞くと実質は40歳代前半、
つまり平成入社の年代に、主流が移っているらしいです。
50歳代だともう大変らしいですね。


でも中には現在は関連会社の社長さんという方もいましたし、
一方でいまだに肩書のない課長さんも・・・。
30年前はみな優秀そうにみえたのですけどね。
厳しい出世競争に、皆もまれたのでしょうね。


・・・と書きながら思いましたが、私はもうとっくに退職した身です。
正直あまり興味ないのですね。
逆に偉そうにサラリーマン論をぶるのも失礼でしょうね。


サラリーマンにとって、職位はそれがステータスなのでしょうけど、
もう22年前にそのカルチャーごと捨てた「脱サラ派」


でも50台になると、ある意味開き直っているのかもしれませんね。
もし10年前にこの同期会を企画されても、絶対に開かれなかったでしょうね。
皆肩書に全精力を傾けている年代ですからね・・・。


「この肩書きだと同期に合わす顔がない・・・」

「あの野郎が部長だなんて同期会なんて行くか・・・」


それくらいだったのでしょうね。
よく聞くお話なのですが、50歳の声を聞くと急に同窓会が
増えてくるらしいですね。


私だって脱サラして苦しかった時代には、
絶対同窓会は行かなかったし、行きたくなかった。
何故なら名刺もなかったから・・・。


やはりこれがサラリーマン心理なのですか・・・。





その4 辞めて活躍している同期




私のようなOB?が30人も参加です。
そのうち上場企業の社長が2人もいました。
証券マンの器に留まらず実業界で活躍している同期も
多いのですよ。


当日参加しませんでしたが、
今活躍しているのは、俺のイタリアンで有名な安田道男氏。
彼も同期なのですね。



Yasuda_2

 

(俺のHPより)



かつてはスクウェアエニックスの和田洋一郎氏。
最近まで社長でしたね。何だかうれしくなりますね。

Wada_2


 

 

でも同期会であった多くのOBの方々が、やはり証券業界でした。
なかなか証券マンは潰しが効かないのですね・・・。
私のような「士業」に行った人は一人もいませんでしたから。


皆私の独立話を結構興味を持って聞いていましたね。


「30台は何でもできたからね。」
「あの頃だったら勉強できたよ。」


口々に言われました。
50歳代から見たら、30歳代なんてまだまだ若造。
とてつもなく若く見えるからですね。


でもその当時を振り返ってみたら、
そうそう退職って簡単なものではないのですね。


サラリーマン辞めて勉強をやり直すっていうのは
想像以上に大変なんですよ・・・。


まあこれは絶対に理解できないことなのでしょうね。
あの会社に30年もいた方々にとっては・・・・。






その5 野村證券の変貌




野村證券はずいぶん変わってしまったようです。
つい営業の最前線にいたときの昔を懐かしがって、
「昔こんなことあったよね。○○や、××・・・」
聞いてしまうと、


「いまどきそんな言葉いうのこの会場で吉田だけどぞ・・」
ハッキリ言われてしまいました・・・。
(注 すいません。○○、××は企業秘密です。)


「野村證券はいい会社だよ・・・。」
「野村證券はいい会社に変わったんだよ・・・。」
何人にも言われました。


「こんないい会社どうして辞めたんだよ・・・。」


そう言いたかったのかもしれません。



ただアルコールが進み、皆の本音もドンドン出てきます。
この年代だと単身赴任も多いらしいのですね。
5、6年はザラ。中には10年以上のものも・・・。
なかなかそれが家庭的には悩み多いらしいのですね。



さらにもっとサラリーマン的なお話も出てきます。
我々の年代は上司に年下も多くなるらしいのですね。
それには慣れてしまうといっていましたが、気持ち的には大変でしょうね。


中には、かつて支店時代にインストラクターとして仕事を教えた新人が
今や上司だと・・・。


いろいろ悩み多き50代なのですね・・・。







その6 野村證券に戻るお話・・・!?




旧友との再会で杯を重ね、2軒目、3軒目とアルコールが進むにつれ
もっと本音が出てきます・・・。



話しを聞いていて驚いたことが二つ。
一つ目は同期の多くが私のこと知っているのですね。
どういう訳か私のHPやブログを見たことがあるみたいです。
話しかけてくる同期も皆もそういっていました。
私のようなOBのその後が気になるのでしょうね。



二つ目は、
今や野村證券を退職したものが、また再就職することが
何度もあるそうなのですね。
これは本当に野村證券は変わってしまったと痛感したことですね。
20年前なんてそんなことまったく考えられなかった。
もう時効?だから書きますが、退職直後に会社に顔を出したとき、


「野村辞めやがって何しに来た?」


本当にそんな顔されたことも・・・。
中には2度も再就職した豪傑?もいるそうな。



「吉田もまた戻ってくればいいんだよ・・。」



それを聞いて涙がでるほどうれしかった。
フラれた女性に20年ぶりに出会って、突然


「本当は好きでした・・・。」


と言われたような!?(ちょっと違うか・・・)



戻る場所なんかない訳で、当たり前でしょうけど
お世辞でもウソでも何だかうれしかったですね・・・。






その7 5年後の再会にむけ充実した人生を!




熱く語ってきた「野村證券脱サラシリーズ」そろそろ確定申告も終盤で
身も心も疲れてきたので!?まとめましょう。



「野村證券辞めてよかったかどうか」という問いについては
このブログで公表することは控えます。


彼らの生き方を、もちろん肯定も否定もできませんし、
私のようなものが偉そうに批判する立場でもないからですね。


彼らを見て感じたことは、「辞めなくてよかった」という答えを
皆私と話しながら探っていたように思えたことですね。
それを納得できないと、とてもサラリーマンは勤まらないのですね。
企業戦士ですから、単身赴任、上司が年下なんてどこでもあることですから。
それがサラリーマンなのですね。
誰もが人生のやり直しなんてできないのですから。


Yuuhou_4

 

 

 

最後に誰でもネットで見られる面白い数字を出します。
野村證券の直近の有価証券報告書の一部です。
平均給与で1,118万円。すごいですね。



これは平均ですから、入社30年も経った同期の部長級なら
2000万円もらっていてもおかしくないのでしょうね。
多分多くの同期は1000万円台の後半らしいのです。
企業戦士として仕事がきつく家庭内が大変でも、
それなりの待遇を得ていた訳ですね。
あと数年で退職金ももらえて、年金制度も早くから401Kを取り入れてバッチリ。
さすが資産形成のアドバイス会社です。豊かな幸せな老後が待っているのです。

 


一人の同期が面白いこと言っていました。

「定年間際に部長になって退職するのが一番。
若くして偉くなりすぎて、仮に役員になっても退任すれば終わり。
今や天下りの先もないから、その後の将来の保証もないしね。」

これはサラリーマン処世術としては秀逸の金言。


今度同期会が行われるのは5年後だそうです。
野村證券の同期の皆は60歳を手前にしてはたして
どうなっているのか?


「幸せって何だろう?」


そう思わず、「哲学的なことまで」考えてしまいました。



でも彼らに負けないよう私も努力しなければいけませんね。
彼ら以上に満足のいく仕事をし、かつ充実した人生を送りたいですね。


私のようなOBにまで声をかけていただいた幹事の皆様に感謝しつつ、
自分の人生を見つめ直し、また非常に刺激を受けた楽しい一夜でした・・・。



(がんばれ! 野村證券シリーズ おしまい)

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