その1 著者はジャイアンツの元球団代表



山一證券




GW休み中2度も読み、また3回目を読み直している本をご紹介します。


「サラリーマンって何だろう。」
「会社って何だろう。」


読みながら自然と思ってしまう本です。感動しました。



Nozawa

 


1997年(平成9年)11月22日。


「社員は悪くありませんから。」


あの社長の名言を残して破たんした山一証券。
なぜ破綻したか、その理由を事実に基づいて書かれたノンフイクション。


書いた方は清武英利氏。
この名前を聞いてピンとくる方は、間違いなくジャアンツファンです。
元読売巨人軍の球団代表ですね。
あの「ナベツネ」とケンカして解任された方です。


読売グループのドンに立ち向かうくらいの熱血漢。
そのジャーナリスト魂をむき出しにして真実を追求します。


「それで山一は破たんしたのか・・・」


私のような元証券マンとしては、すべてにおいて理解できる背景です。
当時の証券会社の実態をよく知るものに取っては
その丹念な取材力に驚きます。


清武氏は結局、
「大蔵省によって山一はつぶされたんだ・・・
スケープゴードにされたんだ・・・」


そう言いたかったのでしょう。
そう言うこと自体マスコミとして、今までタブーとされていたことですから。

 


清武自身が読売最高権力者に立ち向かったと同様の勇気で、
その大蔵省だけでなく、山一の当時の権力者に対して
責任追及していきます・・・。
その犠牲になったのは何も知らない社員。



その清武氏のジャーナリスト魂に感動しました・・・。





その2 社員は悪くありませんから・・・




山一の野澤社長の「社員は悪くありませんから」の発言。
本当に忘れられませんね。
大げさに言えば、全国のサラリーマンを震撼させた大事件です。


「上場企業が突然潰れるなんて・・・」皆そう思ったでしょう。

「Goodbye, Japan Inc.」(さよなら、日本株式会社)
と全世界に発信されたらしいです。


「日本の終身雇用と年功序列時代が終わったことを告げる涙」
だったと・・・。


かつて野村證券に勤務した私は、今だから言う話ですが、
就活中に実は大和証券と日興証券、そして三洋証券にも内定をもらいました。
どういう訳か、この山一證券はご縁がなかったようです。
声がかかっていたら勤めていたかもしれません・・・。


三洋証券はゼミの先生(なんと証券論専攻)が顧問をしていた関係で
コネで早々に決まっていました。
でも三洋証券も今はなくなってしまった会社です。



大学生の頃は何も分からなかったですが、あの頃は「就職=就社」を
意味していました。当然一生働くつもりで会社を選んだはずなのですね。


野澤社長も、社員を何とか面倒を見ようと必死になってあの発言を・・・。
実に感動的でしたね。
あの発言から4か月後の
1998年(平成10年)3月31日に山一證券は自主廃業しました。


連日のように報道されていましたね。これも忘れられません。


どうしてかというと
1998年(平成10年)3月1日は私の独立開業の日でしたから。


当時連日のように山一の社員のことが報道され、


「私がもし山一證券の社員だったら、
間違いなくテレビで特集が組まれただろうと・・・」



当時本当に思いましたし、正直山一社員がうらやましく思えましたから・・・。






その3 サラリーマンとしてのプライド


この本の題名となった「しんがり」とは
戦いに敗れて退くときに、軍列の最後尾に踏みとどまって
戦う兵士のこと。
山一という沈みゆく船に最後まで留まって、残務処理をした12人が
この本の主人公です。
その残務処理で最大の仕事が「山一がなぜ破綻したか」を突き止めること。


自主廃業が決まった以上、社員の多くは自分の生活のために
我先と次の転職先を決めていきます。
多くの社員がメリルリンチに移ったものの、それも一部の人のみ。
皆必死ですからね。沈んでいく船に留まっていられません。


つまり、12人はいわば「貧乏くじ」を引いたようなのものですね。
そのしんがりの「隊長」となった方は、嘉本(かもと)常務。
当時54歳。今の私と同じ年代ですね。
この方が実にカッコいい。
そのしんがりの副隊長が菊野氏。当時58歳。



この二人の略歴を読んで感動しました。
簡単に言えば、「古い証券体質」に反旗を翻した方。


このあたり「古い證券体質」については、
あとで詳しく私なりに解説していきますが、そういう方々は
証券会社という「組織」では絶対出世しません。


二人とも山一の中で「場末(ばすえ)」と呼ばれるような組織に
送られていました。
どこの大企業でもあるような場所なのでしょうね。
サラリーマンの悲哀の象徴的な場所です。


でもその「場末」の方々が破たんを引き起こした犯人を
突き止めていきます。
もちろん、その犯人たちは皆大出世していて、
山一のかつての大幹部達。
犯人の実名入りで報告書を作り上げます。



「場末」の意地。サラリーマンとしての矜持・・・。
これは読んでいてスカッとします。





その4 古き証券体質



ではその「古い証券体質」について熱く語ってみましょうか。
今はもうなくなってしまった昭和の時代のお話ですが・・・。


「支店の仕切り販売」が出ていました。
一般の方は絶対知らない単語ですよね。


通常、証券会社の仕事というのは、顧客が「○○の銘柄を△株買いたい」
というのを市場に取り次ぐことです。


でも昭和の時代は、お客さんの注文が来る前に
あらかじめ買うことができました。
要するに、証券会社の自己ポジションで先に買っておくのですね。
あとから、お客さんの名前に変えることが当時は許されていました。


今では違法行為となっていますが、当時証券会社では「日常茶飯」な
光景だったのですね。50歳以上の証券マンなら誰でも知っているお話です。


例えば、上がりそうな株の時価が1000円だったら、
「1000円で1万株」のように注文が出せたのです。
予想通り、1000円が1100円になれば、


「1100円の株が1000円で買えます!」


強烈なセールストークですよね。
すぐ売っても大儲けです。


相場の変動をうまく当てれば、「仕切り売買」というのは
成績を上げる究極の方法でした。


でも相場ですから逆もあります。
1000円が900円になっても
お客さんに1000円で買ってもらわなけれならない・・・。
証券マンの仕事の何がキツイかというと、まさにこういう仕事。
お客さんにソンさせると分かっていながら、絶対売らなければならない。


しかも相場が終わる15時までに何としても注文取らないと
新聞に株価900円と出てしまいます・・・。


でも昭和の時代は、インターネットもなく株式の時価は
誰も分かりません。翌朝の新聞を見ない限り分からないのです。
でもこれが証券トラブルの要因にもなりました・・・。
(艶めかしいのでこれ以上書けません。)



嘉本常務は若いころにこの「仕切り販売」に支店で
反対したことがあったそうです。
それでどうなったか?
支店長からにらまれ当然左遷です。


これが証券会社の常識だったのです。
非常識な常識がまかり通る世界。

こういうことが破たんの遠因ではなかったかと本当に思います・・・。







その5 ノルマ営業



「ノルマ営業」という言葉が出ていました。
まさに古き証券会社の体質そのものですね。
現在でも営業主体の会社では、
「ノルマ」は存在するものかもしれませんが・・・。


私がかつていた野村證券はよく「ノルマ證券」と揶揄されていました。
今だから言う話ですが、(これナイショかな・・・)
1日のコミッション(株の売買手数料のこと)が100万円。
投資信託月5000万円が「一人前の営業マン」の最低限のノルマでしたね。
今ではそんなノルマはもうなくなったとは思いますが・・・。


本当に投資信託を毎月売るのが大変でした。
ですから投資信託を売却して、別の投資信託を
買わせることはよくありました。(今はいけないらしい・・・)


この本を読むと山一証券もまさにそうだったらしいですね。
(野村証券がそうだったとは一応言えませんが・・・)


実は昭和の時代の証券会社は「株屋」と呼ばれたヤクザな証券体質が
色濃く残っていたからです。


「パンパンとびんたを張る音が支店で聞こえたものだ。
成績の上がらない部下を叩いている。」


「証券知識の乏しい個人顧客に株や投資信託を売りつけ、売買を繰り返して
手数料を稼ごうとするのものが現れる。」


しかし、そのしんがりの部隊の副隊長の菊野氏は
それがイヤで仕方がなかったらしいです。


もう実にいい人ですね。
菊野氏の自慢は
「自分の下で仕事が辛くて辞めた部下は一人もいない。」
ということ。


そういう人は絶対出世しません。
菊野氏は支店長までは同期の誰よりも早くなったものの、
出世レースで抜かれてしまいます。
結局最後は山一證券の「場末」に追いやられてしまいます。


サラリーマンの矜持感じませんか・・・。







その6 破綻の直接的理由



ではそろそろ本題の「山一證券がなぜ破綻したか」を。


古き証券体質をいろいろご紹介してきましたが、
私にとっては懐かしい単語「営業特金」というのが出てきました。

山一證券破綻の理由は、この「営業特金」と位置付けています。
でも当時はどこの証券会社でもこの営業特金はありましたから・・・。


この「営業特金」とは簡単にいうと、
「特定金銭信託の形態を取ながら、証券会社の営業部門が行う運用」
なのですね。


今から30年前のお話で恐縮ですが、
営業マンがこの「営業特金」の契約を取ってくると
必ずトップセールスマンになりましたね。
支店では必ず「ヒーロー」です。


どうしてかというと、運用全部がその担当者に任せられているので、
どんな売買でもお客さんの了解なしにできてしまいますから・・・。
(これ以上あまり書けません)
もちろん今は違法です。



どこの証券会社でも行われていた営業特金。でもなぜ山一だけが・・・。
それが疑問でしたが、山一證券は昔「法人の山一」と呼ばれるぐらい、
法人部門に強かったのです。
その事業法人(つまり上場企業)に対して営業特金のセールスを拡大したのですね。
その結果、1兆円をも超える巨額な資金が集まったのです。


でもその募集方法が問題でした。
「利回りまで保証する裏取引」をしていたのですから驚きです。
これはお分かりでしょうけど、完全な違法行為です。
社内で問題にならなかったのでしょうか・・・。
それどころか組織的に行われていたことがこの本から分かります。



でも株式運用は右肩上がりの時はいいのですね。
あのバブル崩壊をもろに受けてしまいます。
1兆円の営業特金が数千億の含み損を抱えます。
このあたりから山一證券はおかしくなってきたのでしょうね・・・。






その7 1990年ですでに・・・



いよいよ山一破たんのクライマックスですね。


ただちょっと驚いたのは


「1990年(平成2年)の時点では山一はもう破滅的状態だったのである。」


この記述ですね。


1989年(平成元年)12月にあの歴史的な高値38,915円をつけ、
バブル景気の絶頂を迎えているのですね。
しかもその翌年の90年(平成2年)3月期の山一の経常利益は、
なんと2336億円と、史上最高決算を迎えているのです。



でもご紹介した「営業特金」はその時点で1兆9000億円もありました。
ただ、そのうち含み損が90年(平成2年)2月時点で1400億円も・・・。
これだけ相場が回復してもまだ含み損があったということは、
かなり前から回復見込みのないファンドが
巨額にあったというこなのでしょう。


この1兆9000億円もの資金は違法行為である利益保証までして集めた資金。
それからバブル崩壊を迎えます。
当然事業会社側からは約束の履行を迫っていき、
その時限爆弾がつぎつぎに破裂していきます。


ここで問題となる利益補てん。
一番有名になったのは東急百貨店の損失補てん。
でもこれは氷山の一角だったようです。
結局、顧客側がどうしても引き取らない損失が1,200億円。



それでどうしたか?

「やむなく山一のペーパーカンパニーに沈める」

そう時の経営者はそう判断したのです。
つまり、暴落した株を高値で買い取る「損失補てん」
しかも、これは過大な粉飾ともなります・・・。


非常になまめかしいやり取りなのですが、
法令違反はもとより、経営者の明らかな判断ミスです。


ただ相場の回復を期待したということだけなのですが。
相場の怖さを思い知ることになります・・・。







その8 飛ばしの問題



東京百貨店の飛ばしの問題。
これは当時新聞報道でずいぶん叩かれましたね。



でもこの本に真相が書かれています。
その時の証券局長から、
「大和証券は海外に飛ばすようですよ。」
そう言われたようです。
これはまさに大蔵省の行政指導だったのですね。


つまり、具体的に言うと「東急百貨店の損失の出ているファンドを
山一が簿価で買取り(損失補てん)、そのファンドを海外の子会社に
買い取らせなさい。」ということになるでしょうか・・・。



20年以上の時を経て、まさにその真相が語られているのですね。
当時野村證券の社長さんも、損失補てんで問題になったとき、


「大蔵省のご承認を得てやった・・・」


そう発言しましたね。
まさにその当時の大蔵行政の実態がそうだったのですね・・・。
野村証券の社長さんのその発言は、全世界の誰よりも近くで
聞いたお話ですから、一生忘れられない大事件でした…詳しくはこちら


でも冷静に考えたら「飛ばし」を大蔵省の指導だったとしたら
今さらながら、これは大問題なのでしょうね。
大蔵省が「粉飾を薦めたこと」になりますからね。
まあ絶対にこれは否定し続けることでしょう・・・。



事実はどうあれ、書きましたように
90年(平成2年)の経常利益は2336億円なのですね。
1200億円くらいの含み損は償却でもすればよかったのですね。
税の専門家としては、


「損失補てんが損金になるか?」


という究極な難問が立ちはだかっていますが、
どうもこの当時の証券会社と大蔵省の「ズブズブの関係」!?
から考えたら国税庁くらい簡単に説得できたでしょう・・!??







その9 この本を取り上げた本当の理由



山一證券のことまだまだ語りたいことはたくさんあります。
でもまた筆を滑らしてはいけないので!?そろそろまとめましょう。


やはり冒頭で申し上げた通り、
「山一証券は大蔵省のスケープゴード」にされたのかもしれません。
なぜなら、破たん直後に「金融システム安定化法」が成立されたのですから・・・。
破綻させない選択肢はきっとあったはずですが・・・。


これだけ熱く、長々と山一證券を取り上げた理由を
最後に書いておきましょう。
実はこの現在の株高の背景もあるからなのですね。
日経平均が2万円を超え、証券業界は鼻息荒くなっていますね。
株高でウハウハの投資家も多いのかもしれません。
でも「相場の世界」であるからそこ、その先は誰にも分からないのですね。



でもあえて山一證券のことを取り上げて、かつて
「バブル崩壊の象徴として証券会社が破たんした」
この事実を忘れてはならないと強調したかったからなのですね。


特にこの本で取り上げた、しんがりを務めた12人がいたことを
知っていただきたいのです。
それどころか山一破たんの事実も風化させてはいけないとさえ思います。
そうでなければ、山一の社員の方々に申し訳ないとさえ思います。


バブル崩壊を知らない世代が、世の中の主流を占めてきました。
そういうことに何だか危惧を覚えているのです・・・。


これはある意味、戦争を知らない世代の代表が一国の首相を務め、
戦争や平和を「想像で」語る世の中になってきたのと
同じではないでしょうか。

(また滑らしたか!?)



最後にしんがりの隊長のこの言葉で終わります。
この言葉感動しました・・・。


「会社が潰れて全員が不幸になったか。否ですよ。
会社の破たんは人生の通過点にすぎません。
私はサラリーマンとして、幸せな人生を過ごしました。」


(がんばれ しんがりシリーズ おしまい)

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