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7つの激変
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その1 令和の三英傑の推薦本


7つの激変


表紙見てすぐ買ってしまいました。

孫正義、三木谷浩史、藤田晋、この三人が推薦ですからね。

戦国時代で言えば「信長、秀吉、家康」の三英傑、

つまり、現在のIT業界の三英傑が推薦している本なら

絶対に買うべきでしょう。

 

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川邊健太郎氏です。

この三英傑の書籍にも何度か登場していますね。

1974年10月19日生まれですから、まだ51歳です。

青山学院初等部からずっと青山学院の「おぼっちゃま」です。

1995年、あのWindows95が発売された、まさにインターネット黎明期に、

インターネットベンチャー企業「電脳隊」を設立しました。

まだ青山学院大学在学中の21歳の3年生ですから、

元祖学生起業家です。

1999年にビットバレー系企業とジョイントベンチャーP.I.Mを設立し、

それが2000年8月にヤフーに吸収合併され、同時にヤフーに入社。

Yahoo!モバイル担当プロデューサーに就任。

2009年にGYAOの代表取締役に就任。

2012年にヤフー副社長に就任。

2018年にヤフー代表取締役に就任。

2026年6月にLINEヤフー会長を退任。

と書けばきりがないのですが、

この30年間のインターネット業界の保守本流を歩いてきた

まさに「生き字引」ですね。

インターネット時代の30年間に起こった7つの激変の物語です。

「検索、SNS、動画、通販、広告、文化、起業」です。

インターネットを「金の成る木」に変えた本流の人物です。

覇権を握ったものと消えていったものとの差は何か、

この川邊健太郎氏の足跡をたどることによってわかると思います。

AI時代においてこれから30年間で起こることが

予想できる気もします。 ぜひ真剣に考えていきましょう。




その2 いままでの30年はAI物語の序章


「みなさん、インターネットの歴史は、終わりました。

ひと言でいうなら──『さよなら、インターネット』です。」

 

のっけから驚くべき発言で始まります。

つまり、この30年は壮大な「地ならし」にすぎなかった というのです。

 

「インターネットの30年の歴史など、これから本格的に始まる

『AI物語』の序章にすぎなかったのではないか。

インターネットの世界でイノベーションを起こしてきた先人たちは、

AIという真の主役が舞台に立つための『地ならし』を

一生懸命していただけなのではないか」

 

ここをよく読み解いてほしいのです。

この本に書かれている7編の「激変」はこれから起こる

「AI革命」においても当然起こりうるすべての事象なのでしょう。

 

「歴史はくり返さないが、韻を踏む」

 

確かに同じことは起きないでしょうけど

きっと近いことは起こりうるのでしょう。

今AIに向けられている視線も

30年前にインターネットに対する視線と

ほぼ一緒なのではないでしょうか。

 

「1990年代前半。世の中に登場したばかりのインターネットは、

一部の研究者やオタクたちがニッチな情報を交換し合うだけの

得体のしれない空間でした。

社会のメインストリームにいる大人たちからは

『いかがわしい』技術とみなされており、

『あんなもの、なんの役にも立たない』

『一過性のブームだ』と冷ややかな視線を浴びていた」

 

見誤るとどうなるのでしょうか?

あのヤフーが大失敗した事例が詳細に書かれていました。

ヤフーはSNSに対して完全に乗り遅れましたね。

 

「あんな他人の弁当の中身ばかり見せられて……

何が楽しいんだ?」

 

これから起こるであろう30年間は誰も予測できません。




その3 失敗の理由はイノベーションんのジレンマ


ヤフーはWeb1.0時代のプラットフォームを作り上げた
日本でのネットのトップ企業です。
でも、それ以来ずっとGAFAの後塵を拝してしまいますね。

これからおこるであろうAI時代を占う意味でも
ここは一番興味深く読みました。
ヤフー元社長の懺悔記録ですね。

SNSを

「他人の弁当の中身なんか誰が見るんだよ!」

といって「カネにはならない」と 当初から
馬鹿にしていました。

日本でもGREE(2003年)とmixi(2004年)が
確かに登場します。
でも2008年にfacebookが日本に登場します。
SNSとしては後発だったfacebookが、
日本のネットカルチャーにもたらした最大の衝撃、
それは「実名登録」だったのです。
うさんくさい海外のサービスから一気に知名度と信用度を
引き上げます。


まず2010年、リクルートの就活サイト「リクナビ2012」が
facebookとの連携機能を搭載しました。
就活にはfacebookが必需品となりました。
acebookの「実名のパワー」をとりわけ実感した出来事が
あります。
2011年3月11日──そう、東日本大震災ですね。

こうして、リアル(オフライン)とネット(オンライン)が、
インターネット史上初めて地続きになったのです。

さらに2006年に誕生したTwitterが発明した「タイムライン」は、
川邊氏に言わせると「関係値がひっくり返った感覚」です。

「アプリを開くだけで、フォローしている人の投稿が

時系列順に表示されます。」

どうしてヤフーはこうダメだったのでしょうか?
ヤフーの元社長、井上雅博氏が当然登場してきます。
「ならずもの井上雅博伝」は以前ご紹介しました。こちらです。

 

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この方が川邊氏はじめ経営幹部に配った本が、
2005年のクレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』です。


「優良な大企業であればあるほど、顧客の要望に耳を傾け、
既存の技術やビジネスモデルを磨き上げることに投資します。
しかし、その『正しい経営』こそが、破壊的イノベーション への
対応を遅らせ、新興企業に足元をすくわれる原因となります。」

ヤフーがGAFAのような「破壊的イノベーション」を
起こせなかった理由です。




その4 たった2000億ドルで買収されたYouTube


『イノベーションのジレンマ』で動画ビジネスの失敗を
何度も読み返してください。
これは今後のAI時代の到来で誰もが感じることになるのでしょう。

YouTubeをはじめとする動画コンテンツが普及したのは、
つい最近のことです。
2000年当時のインターネット接続の主流は、
電話回線を使った「ダイヤルアップ接続」でした。
実に懐かしいですね。

「ピー……ヒョロロロ……ガガガガ……ジジジ……」

つなぐと本当にこういう音がしたのです。
2003年頃からADSLなどの「ブロードバンド」の時代を迎えます。
からこそ、動画コンテンツはまだメインとはなりえなかったのです。

2005年に登場したのが「GyaO」です。
日本の動画配信の先駆け的存在ですね。


2005年2月、アメリカで誕生したのが「YouTube」です。
驚くべきことですが、GyaOの登場とほぼ同時です。


2005年当時、日本で動画を視聴するにはWindows Media Player
といった 専用のプラグインソフトをインストールする必要がありました。
一方、YouTubeでは当時ほとんどのブラウザに標準搭載されていた
「Adobe Flash」を採用しました。
ビデオカメラで撮った動画をドラッグ&ドロップするだけで、
専門知識ゼロの素人でも、インターネット上に
投稿できるようになったのです。
技術的な決定的な差となりました。

世界で最初に投稿されたYouTube動画は、
創業メンバーの一人、ジョード・カリム氏自身による
「Me at the zoo」という19秒の動画です。
20年経ったいまも もちろん、このホームムービーのような動画を
視聴できます。 こちらです。

ユーザーがどんな形式の動画ファイルをアップロードしても、
すべてサーバー側で自動的にFlash Video(FLV形式)に
変換する仕組みを構築しました。

初期のYouTubeの人気を支えていたのは、
当初思い描いていた個人クリエイターの動画よりは
「プロコンテンツの海賊版」でした。
「あんな違法動画だらけのサービスが、
コンプライアンス的に続くわけがないよな……」

2006年10月、その「違法動画まみれ」のYouTubeを、
Googleが 16億5000万ドル(当時のレートで約1960億円)で
買収しました。


でもヤフーは冷ややかな目で見ていました。
「YouTubeは著作権侵害の温床だ。企業価値はすぐ吹き飛ぶ」
2007年、YouTubeに対抗する動画プラットフォームとして
「ヤフービデオキャスト」を立ち上げます。

2006年、ライブドアが証券取引法違反の疑いで
家宅捜索される、 いわゆる「ライブドア・ショック」がありました。
まさにその影響でしょう。
日本はコンプラ重視の風潮でしたから。
GyaOを2009年、ヤフーはUSENから買収し、
川邊氏が社長に就任し、経営再建に乗り出します。

一方でYouTubeの快進撃に強力なパワーをもたらしたのが、
2007年(日本は翌2008年)に開始した
「YouTubeパートナープログラム(YPP)」でした。
つまりこれによりHIKAKINなどの「YouTuber」が誕生していくのです。


2025年(通期)のYouTubeの広告売上高は、
403億7000万ドル。
日本円にしてじつに約6兆円に上ります。

YouTubeが「配信」のコストをゼロにしたとすれば、
生成AIは「制作」のコストを劇的に下げようとしています。
よって、まだまだこの流れは続くのでしょう。


買収から14年が経った2023年3月、 GyaO(GYAO!)は
サービスを終了しました。 18年の歴史に幕を下ろしました。
つまり完全にYouTubeに負けたのです。

「水清ければ魚棲まず」──その当時をふりかえると、
ヤフーの「敗因」はこのひと言に尽きます。

陥っていることに気づけない「イノベーションのジレンマ」の怖さです。
川邊氏はこれをまじまじと味わうことになります。
敗軍の将の言葉。これは胸に焼き付けてください。

「ルールそのものが書き換わる激動の時代においては、
既存の『正しさ』よりも、混沌の中に潜む『熱』のほうに
未来があるのです。」




その5 「ネット屋がやる○○ビジネス」は必ず勝つ



次はeコマース(電子商取引)です。
ここも勉強になります。

2024年度の物販系分野のeコマースの市場規模は、
15兆2194億円です。10年前の2倍以上に拡大しています。
Amazonがオンライン書店のサービスを開始したのが1995年です。
国内では1997年に「楽天市場」が、1999年に「ヤフーショッピング」
「ヤフーオークション」が開設されました。
少し遅れた理由は、割に合わないからです。
Amazonの小売部門の営業利益率は2%程度であり、
昔もいまも本業の小売事業は儲かっていないといいます。
Amazonはeコマースという儲からない商売のど真ん中の王道を、
苦行≠フごとく30年間歩み続けている唯一の企業だというのです。
楽天やヤフーが絶対に勝てない理由なのでしょう。

一方で楽天は1997年に「月額5万円」「初期費用
もゼロ」
という破格の条件でショッピングモールを始めました。
最初はわずか13店舗だったことは結構有名なお話です。
1999年に1000店舗、2001年には5000店舗になりました。
でもここで伸び悩みます。そこで三木谷さんが打った手は、
2002年4月からの「従量課金制」の導入でした。
5万円の戦略をやめるのですね。
さらに2002年11月から、インターネット産業史における転換点となる
「一手」をくり出します。 それが「ポイント」です。
「楽天スーパーポイント」を作って、ネット上での買い物・サービス利用時に
ポイントが付与されるサービスを始めました。
これでヤフーに水をあけます。

親会社であるソフトバンクグループの孫正義さんから、
「ヤフーのeコマースって、万年3位じゃん?」と、
きつい一言を言われました。
2013年に孫さんが打った手は、「eコマース革命」と銘打った、
ヤフーショッピングの初期費用・月額出店料・ロイヤルティ(売上に応じた手数料)の
完全無料化でした!
すごいですね。 これによりヤフーのeコマース取扱高は、
2013年度の1.7兆円から、2023年度には4.2兆円と2.5倍も増大しました。

あと重要な示唆です。


「ネット屋がやる○○ビジネス」は、「○○屋がやるネットビジネス」に必ず勝つ

ということです。
なぜ、書店業界の最大手企業はAmazonになれなかったのでしょうか。
なぜ、百貨店やイオンが楽天やヤフーのような巨大モールを作れなかったのでしょうか。

彼らの中にどうしても捨てきれない「迷い」があったからだといいます。
「ネットで便利に買えたら、店舗に人が来なくなって、
売上が落ちて、店長たちの評価が下がるじゃないか!」
新聞社がこぞって電子版を出し始めた頃、
彼らは紙面のすべての記事をネットに載せようとはしませんでした。
「ネットでぜんぶ読めたら、紙の新聞が売れなくなる」と恐れたからです。
野村證券のような巨人がいる中で、なぜSBI証券や楽天証券のような新興勢力が、
ネット証券の市場で覇権を握れたのでしょうか。
それは、「ネット屋」たちが証券業界の常識も、守るべきアセットも
持ちあわせていなかったからです。

リアルの常識など見向きもせず、空気も読まず、ただひたすらに
「ネットならこうする」という論理で最適解を導き出し、突っ走る。
そんな「ネット屋」たちだけが、この広大な空白地帯を
塗り替えることができるのです。




その6 既得権益者が誰もいない『更地』を探せ!



書きたいことはたくさんあるのですが、
月末ですしそろそろまとめましょう。
川邊氏の経験してきた30年の歴史をぜひ学んでください。

「私が起業した頃は、起業といえばマイノリティの

『いかがわしい人』 『メインストリームから

ドロップアウトした人』の選択肢でした」

私も1998年開業ですからその気持ちよくわかります。
「『野村證券辞めてもったいない』『どうして?』」と、
よく聞かれたものです。 そういう「いかがわしい人」を
信じて起業の手伝いを したいと税理士となった
のですから。
でも30年経って、「起業」という概念が変わってきた
ように思います。

それと川邊氏のこの指摘です。


「インターネット産業のビジネスモデルや技術の原型は、
じつは1995年から97年頃にはほぼ出揃っているのです。
インターネット黎明期のわずか3年ほどの間に誰かが思いつき、
形にしている。 乱暴にいってしまえば、あとの27年間は
絶え間ないアップデートを 繰り返しているにすぎないのです。」

これよく読んでください。
インターネットの原型はわずか3年で出来上がっているのです。
ということはAIビジネスの原型はあと数年で出来上がって
しまうのではと思うのです。
その最初の3年ほどの間に「ゼロイチ」のアイデアを 生み出した
天才が、天下をとったかというとそうでもないようです。
アップデートを繰り返した 孫正義、三木谷浩史、藤田晋、
熊谷正寿、南場智子氏などです。
そういう方々に共通するのは「しつこさ」だったのです。
「しつこさ」とは、言い換えれば「未来を信じる力の強さ」です。
こっちの方が分かりやすいですね。
「これからはAIによって未来が変わる」
と強く信じることなのでしょう。

最後にものすごく良いことを川邊氏が言っています。


「既得権益者が誰もいない『更地』を探せ!」

これ実に実感がこもっていますね。
30年間で既得権益もなく、自由なフィールドで
のびのびと仕事をしてきた川邊氏だからこそ
思うことなのでしょう。

でも川邊氏もまだまだ51歳。
「オールドルーキー」と自分のことを言っていますから
まだまだチャレンジしていくのでしょう。
大いに期待したいですね。

(ガンバレ!51歳のオールドルーキーシリーズ おしまい)