その1 時代がヒーローを求めている


角栄


閉塞感のあるコロナ禍。

コロナ後の世の中を考えるにあたり、時代は間違いなくヒーローを

求めているはずです。

最近よく「昭和・平成のヒーロー」を取り上げているのは

時代が要求しているからでしょうか。

 

田中角栄のお話が、ベストセラーのトップテン入りしているのも

そんなことからでしょう。

 

国会中継見ても

「何だか頼りない政治家だな・・・」

皆そう感じるでしょう。

「昔の政治家はもっとハラが座っていた・・・」

そう思う人も多いかもしれませんね。

 

コロナ禍で疲弊した日本経済を立て直してくれるヒーローを

国民は間違いなく求めているはずだからです。

 

ただ、ここで田中角栄を取り上げると、たぶん「賛否両論」でしょうか。

それこそ否定する方も多いかもしれません。

理由は政治能力はともかく、金権政治の批判で退任し、

最後はロッキード事件の巨額贈収賄事件で有罪確定でしたからね。

 

まあそのあたり、著者はお見通しです。

冒頭、「田中氏には毀誉褒貶(きよほうへん)、功罪相半ばする評価も

あったが、読者諸賢は見習うべきところだけは見習い、

部下から敬愛される『上司』を目指していただきたいものと思っている」

 

そうなのですね。

私自身もここで政治のお話するつもりも、ましてや「自民党をヨイショ」

するつもりも微塵もありません。

この本は「理想の上司像」という観点からだけ見ればいいと

思うのです。

著者曰く、

「上司の心得のエキスパートが『人間学博士』と呼ばれ、全国津々浦々、

政界内外に屈指の人脈を作り上げた」まさに、「人心掌握術の天才」

であったというのです。

 

 

コロナ禍で今やテレワークが盛んです。

「Zoom会議を成功するには・・・」

何て本も売れているそうです。

 

確かに私自身も

「何だかな・・・」

そう思っています。

 

「本来ビジネス社会というものは、商談であれ社内の意思決定の

会議であれ、大なり小なり、相手、仲間の本音、胸の内を知る

ハラの探り合いという側面を持つ・・・それをオンラインでは読み切れない。」

これまさにそう思うのですね。

 

コロナ後のビジネスを見据えて、今こそ「人心掌握術」を

学んでおきましょう・・・・。




その2 上司の仕事は泥をかぶること


田中角栄が首相になったのは(第一次田中内閣)、

1972年(昭和47年)7月。

私が小学校6年生の時でした。

 

高等小学校しか出ていない方が初めて総理大臣になったので、

「庶民宰相」、「今太閤」とも呼ばれ、

当時は絶大な人気がありましたね。

昔は総理大臣は、帝国大学を出て財務官僚経験者が当たり前。

当時の小学生用の雑誌や漫画などがこぞって特集を組んでいました。

 

実は、影響を受けた私は、当時池袋に住んでいたので、

わざわざ目白の田中邸まで見に行ったこともあります。(お上りさん?)

「目白御殿」と呼ばれた要塞のような邸宅をぐるっと回ってみましたが

警備が厳しすぎて中はまったく見られませんでしたね・・・。

当時の小学生としては「あこがれの総理大臣、ヒーロー」でしたからね。

会えたらサインぐらい貰おうかという魂胆でしたでしょうか。

すいません。田中元首相はそんな記憶です・・・・。

 

では「理想の上司像」にお話を戻します。

 

まず「親分力」。

「親分」というとどうも「任侠」の世界ですね。

高倉健の映画に出てくるような「親分・子分」の関係。

これも古い感じがしますが、当時は(たぶん今も)大事でしょうね。

 

部下が曲がり角に立ち、切羽詰まっているところに

 

「心配するな。人生は照日曇る日」

「オレに任せろ。泥はかぶってやる。心配は無用」

 

こうやって部下を窮地から脱出させてやる能力なのだそうです。

実にカッコイイですね。

 

「オレに任せろ。泥はかぶってやる。」

 

何て言う政治家は今は絶対いないようですが・・・。

 

でも昔、そんな上司もいましたね。

かつての某野村証券の上司から「飲んだ席で」聞いたお話です。

 

ある会社の社長に、

「上司の一番仕事は部下の泥をかぶることです。」

と言い放ったのですね。

実にカッコイイですね。

でもその上司、本当に部下の泥をかぶって左遷されてしまったのですね。

でもあの社長から慕われていたから、その後ずっと商売が続いた・・・

そんな自慢話?を聞いたことがあります。

 

田中角栄が首相になる2年前の1970年(昭和45年)に、

公明党の当時の委員長竹入義勝氏とやりあったことがあったそうです。

結果的に田中角栄が「泥をかぶる」ことで収めたそうです。

 

その後、ずっとあとの自民党は公明党と連立政権を組むことになるのですが、

田中角栄の「泥のかぶり方」があってこそだということのようです・・・。




その3 理想の上司とは


政治のお話はしない約束でしたね・・・。

では「理想の上司像」を語っていきましょう。

 

「部下に花を持たせる」

 

政治家というのは

「自分が橋を架けた、堤防を直した]

など選挙区で吹聴したがるそうなのですが、

角栄氏は陣笠代議士の頃から

それがなかったそうです。

この「陣笠代議士」という言葉初めて知りましたが、

政界用語だそうです。議会や政党の決議を採択するにあたって

「挙手要員」となりさがっている「一兵卒の」政治家

のことらしいです。

何だか、今の国会には陣笠かぶっている政治家ばかりのようで・・・。

 

しかし、「部下に花をもたせる」

こういう上司はなかなかいませんね。

「部下の手柄はオレのもの。部下の落ち度は部下のもの」!?

 

 

「下、三日にして上を知る」

 

これは納得しますね。

上司は多くの部下の一人一人をなかなか見定められないのですが

個々の部下は三日もあれば上司の器量をすべて見抜いてしまうもの

なのですね。

まあ三日で器量を見抜かれているような上司では、

それ以上のポストははるかに遠いそうです。

 

「大胆の一方で、細心にして臆病」

 

あの角栄氏が臆病だったとはとても思えないですが、

重要なトップ外交の前日深夜まで、官僚の作成した資料を

読み込んでいたそうです。

 

「上司の致命傷『指示のブレと前言撤回』の二つ」

 

これも納得しますね。

朝令暮改の上司がたまにいますからね。

キライな上司のトップは、

「責任を取らない」

そうですが、その次あたりに

「指示がコロコロ変わり、前言撤回が多い」

がくるそうです。

これは絶対に嫌われますね。

 

「世の中は白と黒ばかりではない。真理は常に中間にあり」

 

田中角栄氏のピカ一の至言と著者は言っていますね。

 

「世の中は常に白と黒ばかりでない。敵と味方ばかりでもない。

その間にある中間地帯、グレー損が一番広い。

そこを取り込めなくてどうする。

取り組んでこそ、強い支持につながる。真理は常に中間にありだ。」

 

「そのへんが分からんヤツに天下取れるわけがないだろう」

 

事実この真理をつかんだ政治家が天下とっているのですね。

それは田中派から、竹下登、羽田孜、橋本龍太郎、小渕恵三という4人も

首相を輩出しているからなのですね。

 

「真理は常に中間にあり」

 

田中氏の自らの叩き上げ人生の中で確信した

「天下取り」の法則のようです・・・・。



その4 角栄節の神髄


では角栄流交渉術。

 

「ワシの演説を、皆、楽しんで聞いてくれるが、実は信頼感が

あるからなんだ。」

 

これ参考になりますね。

「信頼感のある演説」とは何か分かりますか?

 

「数字をきちんと示し、事の由来を正確に伝えること。」

 

「なるほど!」と思いますね。今の信頼感のない政治家に

教えたいですね!?

 

「数字と歴史を語ること、これ以上の説得力はない。」

 

1972年(昭和47年)9月の「日中国交正常化交渉」で

中国の北京に飛んだ時、日中間の歴史を徹底的に

頭に叩き込んでから、時の周恩来首相と交渉に臨みました。

それを相手が認めたことで、互いに胸襟を開き正常化を

進めることができたのだそうです。

 

「相手を知るべく事前調査が不可欠」

 

これはビジネスにおいても同じでしょう。

 

交渉術の要諦のもう一つ。

 

「握手の効用を軽視するべからず」

 

現在のコロナ禍ではちょっと難しいのかもしれませが、

コロナ後には使えるワザです。

 

「交渉相手の目を凝視する。そのうえで、ガツンと音がするくらいの

力強さで握手に出るんだ!」

 

 

田中角栄の伝説的な名演説は、俗に「角栄節」といわれます。

 

ではその「角栄節」の必殺話術5か条。

 

@ 何を話したいのか、まず話の冒頭で結論を示す。

 

これは大事でしょうね。しかもテーマは一つか多くても二つに

絞るべきだそうです。

 

A とくにスピーチでは、聞き手との「一体感」を醸すことに

全力を挙げよ。

 

ここが最大のポイント。独りよがりの話、自慢話は最悪。

 

B たとえ話をできるだけ織り込む。

 

ここで先ほどの「数字と歴史」ですね。

 

C 聞き手、話し相手への問いかけ、同意を得ることを心がけよ。

 

「角栄節」に多いのが、「そうでしょう。皆さん!」という問いかけ。

 

D 声には力を入れよ。

 

これも当たり前ですね。蚊の鳴くような声では説得力がありません。

力のこもった声には信頼感も増します。

 

これくらいの話術テクニックを体得すれば、

周囲、部下の評価は間違いなくワンランク上になるそうです。



その5 角栄流「上司三要諦」


「政治家と官僚との関係」

これはまさにタイムリーなお話ですね。

 

田中角栄は「官僚使いの名人」と言われていました。

そう書くと

「どうせ、田中角栄は官僚をカネやポストで蹂躙したのだろ!」

と思われがちでしょうけど、それはまったく違うとハッキリ

書いてあります。それどころか、田中という政治家の本質を

まったく分かっていないとまで・・・。

 

では、田中角栄のいう「官僚に仕事をしてもらう」三つの要素。

 

1. こちら(政治家)に、相手(官僚)を説得する能力があるか。

 

2. 仕事の話に、こちらの私心、野心といったものがないか。

 

3. 相手が納得するまで、徹底的な議論をやる勇気、努力があるか。

 

なぜこの三つをいうかという理由。

官僚は能力が乏しいと見抜いた政治家には、表向きを合わせるものの、

それ以上、積極的にその政治家のために働くということはない。

能力ありと見抜いた上司としての政治家には、「公僕」として

寝食を忘れても政策づくりに汗を流す特性があるからなのです。

ここまで書くと

「官僚を左遷という恐怖人事で蹂躙する」某政権にも

学んでいただきたいですね・・・。

(政治のことは書かないお約束でしたね・・・つい・・・)

 

まあ、これ以上官僚の扱い方を学んでも仕方ないので、

ビジネスに応用していきましょう。

 

角栄流の「上司三要諦」です。

 

一つは、「上司は部下を説得するだけの能力が不可欠」

 

二つは、「上司の方針は決して自らのためでなく、部下にあくまで

会社全体の方針であることを理解してもらう努力が不可欠」

 

三つは、「上司は部下が十分に納得するまで、議論から逃げては

いけない」

 

どうでしょうか。

もっともな「三要諦」ですね。

田中角栄のすごいところは、こういうことを言うと

必ずこんな反対意見が出てくることまでお見通しなのです。

 

上司は上司で自負があり、

「部下の言っていることはオレも通ってきた道だ。

まァ、ある程度聞く耳持っていれば十分だろう。

なぜ、いまさら下の者と徹底議論しなければいけないのか・・・」

 

田中角栄はこれをバッサリ。

 

「そんな姿勢がダメなのだ。あくまで全力投球で真正面から

対峙する勇気があるかどうか」

 

ここで角栄流のウンチク。

「論語」もいわく、「下問を恥じず」としています。

 

「自分より下の者に物を聞き、教えられることを恥じるな、逃げるな」

ということです。

 

時代は猛烈なスピードで激変しています。

上司の経験則だけに頼るメリットは、

相対的に低下しているということなのですね。

 

分かりやすく言うと

 

「オレの若い頃には・・・」

 

何て部下にくだまく上司は絶対ダメなのですね・・・。



その6 「殺し文句」の一つでも


「殺し文句の一つも言えないような上司は、上司として

強い求心力は得られない。」

 

「田中軍団」と称される史上最強の派閥を作り上げた角栄氏の

すごさを物語るエピソードはたくさんあるようです。

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令和2年の自民党総裁選で、菅義偉に敗北した石破茂氏。

この方は田中角栄の「殺し文句」で政界入りしたそうです。

 

石破茂の父・二朗氏は鳥取県知事を15年も務めた後、

参議院議員に転じて田中派入り、7年勤めた後、

1981年(昭和56年)9月に他界。

長く知事をやっていた関係で、鳥取県民葬が執り行われ

3500人もの弔問客があったそうです。

 

ただ田中角栄は、その石破二朗氏が亡くなる直前、

「万が一の時はあなたに葬儀委員長をやってほしい」

とまで『遺言』を託されていたのです。

 

残念ながら、その葬儀委員長は、その時の県知事に

譲ったのですが、葬儀後に目白の田中邸まであいさつに来た石破茂氏に

この殺し文句。慶応大学卒業したばかりの新米の銀行員であった石破氏に

 

「いいか。次の衆議院選に出ろ。おまえが親父さんの遺志をつがなくて、

誰が継ぐんだ。」

 

 

さらに必殺の「殺し文句。」

秘書に

「おい、青山葬儀所をすぐ予約だ。県民葬が3500人なら

ここに4000人集める。『田中派葬』として葬儀委員長はワシだ。」

これは田中角栄と石破茂氏を語る最大のエピソードでしょうね。

前代未聞の「派閥葬」でしたからね・・・。

 

こんな「殺し文句」を言える上司はちょっといないでしょう・・・。

 

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昨年、令和2年3月21日に93歳でなくなった宮城まり子さんの

エピソードも有名なお話でしょう。

歌手として女優として大活躍したのち、私財を投じて

昭和43年、肢体不自由児施設「ねむの木」学園を開設しました。

当時は日本には社会福祉という概念が希薄で、障がい者への偏見も

多く、宮城さんは大変苦労したそうです。

当時、国の養護施設で教育を受ける予算は中学校卒業までと

なっていたのです。

宮城さんは田中角栄への直訴を思いつきます。

何とその直訴がかなって、さらに国の予算もついたそうです・・・。

 

田中角栄の絶頂期で当時は大蔵省(今の財務省)に絶大な影響力を

持っていたのでしょう・・。

 

まあ、これ以上政治家のエピソード話の「ヨイショ」は

やめておきましょう。

 

こういう話がいずれ漏れることによって、これ以上の「選挙運動」は

ないでしょうからね。

そこまで頭の働く「大物政治家」は、田中角栄くらいしか

いないのでしょう・・・。

 

ちょっと、上司と部下の関係とのお話がずれてしまいましたね・・・。




その7 コロナ後日本改造論


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まあこれ以上、特定政治家の武勇伝を書き綴るのは止めておきましょう。

でも田中角栄というすごい政治家がいたことをこの本で

よく知りましたね。

 

何度も書くように彼は、女性問題というスキャンダルで失脚し、

なおかつ、5億円もの受託収賄罪で有罪が確定した方ですから。

 

でもこの方の「良いところだけ学べばいいのでしょう」

田中角栄に非常に興味が持って、かつて石原慎太郎氏が書いた

「天才」も読んでみました。

 

石原慎太郎氏は、もともと田中角栄の金脈問題を最初に

批判した政治家ですからね。

 

書きましたように、初めて首相となったときは

「今太閤」とさえ言われるほど国民から「英雄」のように人気がありました。

 

何故なら、戦前からこの国の政治の主役は軍人を含めてほとんど

官僚だったからなのです。

 

田中角栄のようなほとんど無名の叩き上げの人間が中枢に座ることは

ありえなかったのです。

 

官僚主導を念願する時の政権は佐藤栄作氏でした。

兄である岸信介総理から脈々とした官僚主導。

次の総理も一高、東大法学部卒のエリートで大蔵省主計局長まで務めた

福田赳夫への既定路線があったのです。

田中角栄と福田赳夫との争いは「角福戦争」とまで呼ばれていました。

こういう背景から

「脱官僚政治」ということで人気が高かったのも分かりますね。

 

石原慎太郎氏が解説していますが

「政治の出来事は表の通り一遍ではすまぬことが多々ある。

要は商売の取引の兼ね合いに似ていることが多い。

駆け引きには裏があり、そのまた裏の裏が

必ずしも表ではなしにまた違う裏ということさえある

そこらの駆け引きは口で説明しても埒が明かず、

後は目をつむってもやってのけるしかない。」

 

エリート官僚の福田氏では、それができなかったのです。

この論理は、コロナ後のビジネスの政界でも置き換えられる

お話でしょう。

リモート会議では、「裏の裏の裏」まで絶対に読めないからです・・・。

 

現代は「官邸指導型」か「官僚主導型かはどうあれ

そんな旧態依然とした政治を脱却してほしいはずです。

 

角栄がかつて掲げた「日本列島改造論」のように

 

「コロナ後日本改造論」

 

をぶち上げるくらいのニューリーダーが!

時代はそんな英雄を間違いなく求めているはずからです。

 

 

(ガンバレ!未来のニューリーダーシリーズ おしまい)

 

 





 











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