その1 84歳の現役経営者からの教え



人生の経営


またソニーの元社長の本ですね。

ソニー自体が実に絶好調です。

本業の売上高もこの3月決算で9兆9215億円で過去最高。

営業利益も1兆2023億円!!

これも過去最高。

そんな状況で話題の本らしいです。

 

以前ご紹介したソニーの平井前社長は私と同学年でしたね。

今回の主人公は、出井伸之氏。

平井氏の前の社長はストリンガ―氏でしたので、

その前の社長です。

年齢は84歳!

ほぼ私と二回りも違うのですが、実にお元気ですね。

まずその御年でも現役のビジネスマンなのです。

ベンチャー企業のコンサルタントを行う

「クオンタムリーブ株式会社」の現役の経営者ですから。

 

「定年という考え方をやめよう」

「リタイアするつもりはない」

「人生に引退はない」

 

こんな書き出しから始まります。

私の年代ではまさに定年に差し掛かり、

「夢の悠々自適」の生活をし始める同級生も出てきましたからね。

そういう方々をうらやましいとは、まだまったく思いませんので

読んでいて勇気が出ますね。

 

何より、題名の通り

「自分の人生を『経営』する」

これは、共感しますね。つまり、

 

「自分はどうありたいか。どういう人生を歩みたいかを

決めるのは自分自身です」

 

9兆円企業のソニーの元社長が言われると

嬉しくなりませんか・・・。

 

20220518-113132

 

ここでふと「さだまさし」さんの「主人公」を思いだしましたね。

大学生の頃よく聞いた曲です。

 

「自分の人生の主人公は自分」という歌ですね。

 

だれもが〜♪ 主人公〜♪

 

これは本当に好きな歌でした。

自分の人生を『経営』するということは

まさに『主人公』になることなのですね・・・。

 

まず出井氏の半生が実に面白い。

1937年(昭和12年)生まれ。

父親は経済博士で早稲田大学教授の出井盛之氏。

1960年(昭和35年・私が生まれた年!)

早稲田大学政治経済学部を卒業し、

当時まだ小さなベンチャーだったソニーに入社。

 

でもこの本で知りましたが、出井氏には16歳で夭折されたお兄さんが

いたのだそうです。

大学教授であった父親は

「僕を学者か外交官にしたいと思っていた」

そうです。

それを年商は80億円程度の上場してわずか2年目のベンチャー企業に

入社したのですからね。

間違いなく大反対されたと思うのですが、

なかなかの方ですね。

 

ソニーの創業者であった井深大氏の長女が成城学園小学校で

同級生だった縁で、就職活動でソニーに押しかけたくだりが面白い。

 

人事部長に向かって

「もっと偉い人に会いたいんですが」

 

今の大学生なら絶対に言えないのでしょう。

本当に当時の井深さんと盛田さんに会うことができたそうです・・・。

 

さすがの84歳ですね。

他にもそんな「ばくろ話」もたくさんあるのですが、

もう「忖度抜き」で、昔のお話をズバズバ書いてあるところが

実に面白いです。

私のような定年を迎えたような年代から、まさに現役サラリーマンにも

読んでいただきたい本です・・・。




その2 31歳で海外御栄転・・そして左遷



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(ソニー創業者の井深大氏(左)と森田昭夫氏)

 

出井氏は、ソニーの創業者の強力な「コネ入社」ということが

分かりましたが、

「井深さんはどこかの会社のお父さんのような存在でした」

とズバリ曝露しているのも面白いですね。

 

最初からこのお二人に可愛がられたようです。

「入社してから盛田さんとよくゴルフに誘われた」

やがて社長になる「岩間さんにも可愛がられてスピーチの原稿の

出来がいいと高級レストランでご馳走してもらった」

そうですから若くして頭角を現していたのかもしれません。

ただサラリーマン社会は難しいのですね。

これは書いていないのですが、そんな扱いにされていたら、

絶対に妬まれたこともあるのではと思いますね。

 

31歳の時にフランスの現地子会社を設立する任務で

パリへ。もう大抜擢ですね。

「東大やMBAで学ぶことの何十倍も僕はパリで学んだと思います。

これもサラリーマンだからこそできた経験です。」

 

31歳ということ私も某野村証券を退職した年ですね。

私もこのときパリでも行かせてもらったら辞めなかったと

思いますね・・・。

 

しかし合弁企業設立で本社と対立してしまいます。

それまでの販売代理店と合弁するように主張する本社に対して、

出井氏はスエズ銀行との合弁を選びます。

 

結局スエズ銀行と強引に契約をしてしまうのですね。

まあ30台の若造の社員に任せるソニーもすごいと思いますが、

それを押し通した出井氏もなかなかですね。

 

「自分の意見を通したことで、社内のだれかに睨まれたんでしょうね。

会社側の意に反した契約を結んだとして、僕は半ば強制送還の

ようにフランスから帰国させられました。」

 

でも、この時点でソニーを辞めてフランスの銀行に転職するつもり

だったと曝露しています。

でも

「最終的には盛田さんに説得させられてやめなかったんですけどね」

 

 

帰国して即左遷。

ソニー本体ではなくて、ソニーの国内営業を担当していた

「ソニー商事」の横浜物流センターへの出向。

 

「当時は本当に辞めるかどうかで真剣に悩んだ」

 

それもそうでしょう。

35歳でこれからという時に。

 

でも盛田社長から奥さんに

 

「今度の人事で出井は辞めると言い出すから、

引き留めてほしい」

 

とも言われていたそう。

本当に盛田さんに可愛がられていたのですね。

だからこそ、ソニー社内では敵も多く、

きっと妬まれていたのかもしれません。

 

なかなかサラリーマン的なお話ですね・・・。




その3 なんと2回も左遷!でも社長に!!


左遷のお話を書いてしまいましたが、

この出井氏は2回も左遷されているのですね。

2度左遷されても社長になった方がいる上場企業は

たぶんソニーだけでしょうね・・・。

 

子会社に左遷されてもまた本社に戻り、

また活躍するのですね。

 

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1979年(昭和54年)2月、41歳でオーディオ事業本部長に。

その年の7月にその後ソニーの看板商品となるあのウォークマンが

発売されました。

 

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1982年(昭和57年)10月。世界初のCDプレーヤー発売。

まだ1980年代の頃のお話でしょう。

レコード全盛の時にCDが出てきましたからね。

同時にこの頃コンピュータの登場ですね。

ソニーがコンピュータの開発したお話が面白い。

盛田会長の前で

「いやあ、コンピュータなんて、作るのは簡単ですよ。

ソニーがやればすぐにできます」

と言ってのけたのだそうです。

 

そこで経営会議に呼ばれて

「コンピュータをやってくれ。簡単にできるのだろ?」

 

これでコンピュータ部長に。

 

ソニーが社運をかけてコンピュータ事業に進出。

 

20220520-084206  

 

調べたら出てきましたが、

「ソニーがコンピュータ?」

正直記憶にないのですね。

 

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当時大人気だった松田聖子まで使って宣伝したそうですが

大失敗。

これがもとで左遷・・・。

 

しかし、これも正直に書いてありました。

「こんなこと書いていいの?」

思いましたが、もう84歳の老経営者には(失礼!)怖い者

ないのでしょう。本当の左遷の理由です。

 

当時の大賀社長には派閥争いがあったらしく

「出井は、大賀につくのか、厚木(当時ライバルの副社長が管轄する部署)

のボスにつくのか」

と聞かれたら、

「厚木のボスにつきます」

と答えてしまったのですね。

 

これも大変サラリーマン的なお話ですね。

 

それが大賀社長の逆鱗に触れてしまったのですね。

この時出井氏は45歳。

役職も解かれて3か月間何も仕事を与えられずに

「追い出し部屋」に移動。

 

ちょっと怖いお話ですね。

普通の人ならサラリーマン人生が終わったと考えるのでしょう。

 

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その12年後、その大賀社長が次期社長に指名したのが出井氏ですから

サラリーマン社会というのは不思議で面白いところですね・・・。



その4 左遷論


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(東京セントラル證券に出向し部長となった半沢直樹)

 

この元ソニー社長の「左遷論」がなかなか面白いですね。

この本の「売れている理由」はココでしょうか??

 

サラリーマンの方がどれくらいこの「左遷」になるかどうかは

分かりませんが、こういう境遇になったことのある方も

多いのでしょう。

 

以前よく取り上げましたが、サラリーマンのヒーロー

「半沢直樹」も東京中央銀行から東京セントラル證券へ

一度「飛ばされました」からね。

 

一般的な上場企業では、親会社から子会社への異動は

「左遷」に近い響きがあるのでしょうね。

 

こんなこと書くのも、私もかつて上場企業の子会社に

出向して働いたことがあるからなのですね。

何かへまをした訳ではないので、飛ばされたとも

思っていません。

でも、出井氏の気持ちが十分わかるつもりです。

井出氏の最初の左遷は、物流センターへの出向ですからね。

 

「学ぶ気があれば左遷もまた楽し」

 

と書いていますが、こういう経験もまたいいものなのでしょうか。

 

「ロジスティクスの重要さを理解したという意味では

大変勉強になりました」

それを将来ソニーの社長になる方が学んだのですから・・・。

 

私も証券会社の親会社からファイナンス会社の子会社への出向でした。

私自身も証券とは違う、ファイナンス会社に出向したからこそ、

金融、不動産を勉強したし、派生的に税金の勉強が必要だと

痛感した訳です。

確かに私の経験では、いろいろな人種の方々とお付き合いすることが

できて楽しかったし、それが確かに脱サラにつながったのですね・・・。

 

ただ子会社へ移るということの「サラリーマン的な本当の意味」ですね。

出井氏いわく、

 

「今でも『親会社が上で、子会社が下』という古くさい考え方を

する人は少なくないと思います」

 

「左遷はサラリーマン人生には付き物です。場合によっては、

仕えた上司の派閥のトップが社長レースで負けたとたんに、

その“ライン”全員が飛ばされることがあります」

 

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 (社長レースに敗れ、あばよ!といって会社を去る大和田常務)

 

これはそう思いますね。

半沢直樹では大和田常務が最後は子会社へ飛ばされてしまいます。

出世レースに負けるということは、

その派閥全部がいなくなってしまうのですね・・・。

 

社長レースの敗者の方が子会社の社長に就くことは

かつて多くあったはずです。

東京中央銀行の頭取レースに負けた副頭取が

セントラル證券の子会社の社長になるということは

そういう意味を指したのです。

 

ただここで大事な井出氏の指摘。

 

「どのラインに乗っているとか、派閥がどうだかというのは

社内の話に過ぎません。外に出れば関係ない。」

 

確かにそうでしょう。

 

「それよりも、どれだけ市場で自分が評価されているかを

気にし、マーケットで自分のバリューをあげることを

考えた方がいい。」

 

どうでしょうか。

お分かりになりますか。

なぜか勇気がわきませんか・・・。




その5 ソニーの自由闊達な理想工場


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「社内の肩書よりも自分のバリューを引き上げよう!」

 

どうやらこの本の結論のようです。

 

「違う部署への異動も『社内転職』をしたと思えば、自分の引出を

増やすことができる。結果的に自分のバリューを引き上げることが

できる。仮に別の会社に転職することになったとしても、

そこで生きていける武器を手に入れることができる」

 

 

出井氏の経歴から重みのある言葉ですね。

自分のバリューさえ引き上げておけば

左遷だって怖くないといいたいのでしょう。

 

 

文系だった出井氏は、製造業のソニーという理系中心の会社に

入りますね。

井深さんが起草した有名な「東京通信工業」の会社設立趣意書

 

「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき

自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」

 

つまり、もともとはハイレベルな技術者が集まるエンジニア集団だった

わけで、当然エンジニアに重きを置かれていた会社でした。

まず海外法人の設立のために、日本から放り出され,

ここで海外から日本を見ることができたし、

金融を学ぶことができた。

日本に戻って、オーディオ事業部、コンピュータ事業部と

『社内転職』を繰り返して、自分の間口を広げ、

バリューを広げることができたのですね。

 

 

ただ、ここで出井氏をうらやましく思うのは

私だけではないでしょうね。

 

「普通の会社ならこうはいかないと思います。自分のバリューを

こだわることができたのは、やはり当時のソニーは

中途入社の社員が多い会社だったから」

 

ここは「年功序列」、「学歴」を重んじる「昭和の

普通の会社」とは決定的にソニーは違うところなのですね。

こういう会社は、

「組織を固定化してそこに人をはめていくような発想」

になるそうです。

ソニーでは、中途入社の採用が非常に盛んで、

新卒だろうが中途だろうが個の能力が尊重されているからですね。

ここは大事なところでしょう。

 

新卒入社はその人の将来性を買う訳で、中途入社は個を尊重し

学歴よりも能力が評価されるからですね。

 

それと大事な自由闊達な社風。

「上司の意見に対して、平気で正面から『NO』といえる会社」

これはちょっと私の少ないサラリーマン経験からまったく想像も

つきませんね。某野村証券ではありえない発想です。

 

ときには逆鱗に触れて

「お前はクビだ」

と怒鳴られることもあったそうです。

それで本当にクビになるかどうかなのですが、

「人事部長が騒ぎを聞いて飛んできて

『そりゃ。出井、お前の方が正しいよ』

と慰めてくれる・・・。

こうした自由さ、おおらかさがあった。」

「人は違うものだ。もちろん、社員も違うものだ。違って当たり前」

という前提が社内で共有されていたから・・・。

 

驚きませんか。

「自由闊達な理想工場が建設」されていると

本当に思いませんか・・・。



その6 個を大事にしてくれる会社に


いろいろ書きたいことはたくさんあるのですが

そろそろまとめましょうか。

「出向」とか「左遷」とか読んでいたら、

ついあれこれ、熱くなって書いてしまいましたね。

 

ただ、ソニーという自由闊達な会社だからこそ出井さんが

愉快なる理想工場を作ることができたのでしょう。

 

本人が吐露していました。

ここが一番面白かったところ。

 

「出井さんはソニーで良かったですね。松下電器だったら、

出井さんは社長にならなかった」

 

これは誰かに言われたと「オブラートに包んで」書いてありましたが、

本人が一番思っていたことなのでしょう。

 

「2回も左遷されて、上司からしょっちゅう『クビだ』と言われながらでも、

腐らずに自分のバリューを高めていれば、うっかり、社長に

なってしまうこともあるわけです」

 

「うっかり」社長なんかにはなれないのですね。

ソニーという「個」を大事にする会社だからなのでしょう。

 

「左遷も違う部署への異動も腐らないで『社内転職』をしたと思えばいい」

 

と他の会社ではたして思えるでしょうか。

「左遷」というサラリーマンにとって一番つらい場面で

これはやはり思えないものでしょう。

「年功序列」、「学歴」を重んじる「昭和の普通の会社」の中では

ラインから外れることの意味です。

「組織を固定化してそこに人をはめていくような発想」には

そのラインの上にいること自体が会社での存在価値ですから。

 

 

何度も書きますが、私はサラリーマンが8年しか勤まらなかった男

ですからね。

わたしのかつていた会社も

「組織を固定化してそこに人をはめていくような発想」

があったと思います。

昭和の伝統的な企業は皆そうなのでしょう。

 

もっと「個」を大事にしてくれる会社だったら、

30年前に私が会社辞めようとしたときに引き留められたでしょう。

 

「そうだ。キミの言うとおりだ。

これからの証券会社も税金の知識が必要だ。

キミも当社のために税理士に早くなりなさい!}

 

と言われていれば・・・・

(まずありえなかったでしょうけど・・・)

 

もし、そんな会社ではなかったら、

ソニーのように「個」を大事にしてくれる会社に移れば

いいのですね。

ソニーが9兆円の売上を確保した理由もそこにあるのでしょう。

 

出井さんも書いてあります。

 

「会社にしがみついて、無為に過ごす人生はつまらないと

思いませんか」

 

本当にそう思います。

「社内転職」ができるような会社ならいいですが、

そういう発想もない会社なら、本当につまらない人生になりますね。

 

ですから出井さんは

 

「この会社は合わない、この仕事は向いていないと思いながら

定年まで我慢して会社にしがみつくより、自分が必要とされる

会社に移ってほうがいい」

 

ただ、移るのでしたら早い方がいいと

私の経験から思います。

逆に「しがみつく社員」、「上司の顔色を伺う社員」ばかりの会社では、

将来性もないと思いませんか。

 

コロナという「隕石」が落ちて、世界が大混乱している今だからそこ、

変革のチャンスなのでしょう。

人生の経営者は自分自身、あなたが主人公ですから・・・。

 

 

(がんばれ! 84歳の現役経営者シリーズ おしまい)









 

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