その1 日本の起業家今こそ!


起業家


もうここ2か月くらいは、確定申告やらコロナで忙殺されて

本をじっくり読む暇なかったのですね。

 

でもこのコロナ禍の後は世の中どうなるのだろう?

そればかり今考えています。

そんな本を無性に読みたくなりますね。

 

ここしばらくの間で世の中に起こったことで、いろいろ思いますね。

個人的に「日本はIT後進国になった」・・・。

つくづく感じますね。

 

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台湾での若きIT大臣の大活躍。

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中国でのスマホの健康コードによるチェック・・・。

 

かつて世界に誇れる技術力を持っていた日本は、いったいどこにいって

しまったのでしょうか。

数年前に、「マイナンバー」をあれだけ金科玉条のごとく導入したものの

まったく機能していないことも露呈されてしまいましたね。

また日本の役所どころか、学校自体もITの導入がまったく進んでいなかったことも

痛感されます。

 

この状況に対して、個人的には悔しくて仕方がありません。

ITに携わっている方にとっては、それこそ屈辱的な数か月では

なかったでしょうか。

 

これは20年前に起こったIT情報革命が、「本当の意味で」

日本に本格的に到来するものと予感しませんか?

 「間違いなく世の中は変わる」のです。

いや変わらざるを得ないといった方が正しいのでしょう。

 

ではその20年前の「第一次 情報革命」に何が起こったか?

そして、さらにその前の日本の情報通信の黎明期とは何だったのか?

 

この本をよく読むとよくわかります。

 

主人公は宇野康秀氏。1963年生まれというから私より3つ下。現在56歳。

現在USENグループ会長。

株式会社インテリジェンス(現:パーソナルキャリア)、株式会社USEN、

株式会社U-NEXTの三社をも上場させた経営者は、

後にも先にもこの方だけです。

 

この本を読むと、リクルートの江副氏や京セラの稲盛氏をはじめ、

ソフトバンクの孫氏、楽天の三木谷氏とまさにIT革命の当事者、

そして村上ファンドやホリエモンまで、その間のすべてのIT風雲児たちが

皆こぞって登場してきます。

 

当時のITバブルが懐かしく思い出されますが、

実はこの宇野氏のUSENを基軸に話が進んでいたのです。

ということは一歩の差で、このUSENグループが情報革命の担い手に

なり損ねたのだと分かります。

 

 

宇野氏も高校生だった1980年代に、アルビン・トフラー「第三の波」を読んで

「情報革命」が来ることを確信したそうです。

 

若い経営者にぜひこの「起業家の勇気」を学んでいただきたいと思い、

紹介していきます。

これ以上ITに対して無知・無能な政治家に任せていては

日本は滅びてしまうのでしょう。

ピンチこそチャンスなんだと、これからの若い方には

 

ぜひ分かっていただきたいのです・・・・。




その2 トライアスロン日本代表!

まず、この本の副題。

「ヒルズ族の兄貴分と呼ばれた男が見た『天国と地獄』」

 

これがすごいですね。

まずこれを、コロナ禍であえぐ経営者にも、知っていただきたいのです。

ただ「天国」という場面は本当に少なかったように思います。

何だかほとんどいくたびの「地獄」の苦しみにあってきたような・・・。

 

これから「天国」まで上り詰めた経緯を詳細にご紹介していきますが、

すいません。いきなり「地獄」のお話です。

 

 

まず現在の「コロナ禍」に匹敵するような「リーマンショック」が

2008年にありましたね。

その時社長であった宇野氏はどうであったか。

 

 

USENは2008年539億円の赤字。

2009年も595億円の赤字です。

 

2年連続して赤字を出したUSENに対する金融機関の態度は

一変したのです。

 

宇野氏は資産や事業の切り売りを決断しなければならなかったのですね。

事業の中核になりそうだった動画事業も売却します・・・。

精神的にもきつかったこの頃宇野氏はマラソンを始めます。

皇居を走りながら、お堀から見える三井住友銀行本社ビルを

みて毎回思ったそうです。

 

「絶対に返してやる・・・。」

 

しかし、結局2010年10月26日。USENの社長を退任します。

実質的には金融機関をはじめてとする債権者からの追放でした・・・。

 

本当に地獄を味わうのですね。

でも彼は走り続けます。

 

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なんとマラソンだけでは飽き足らず「トライアスロン」まで進出。

 

2015年の日本代表にまでなります。

実にかっこいいですね。

その時に一緒に走ったのがマッチ。

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 トライアスロン協会のHPから。

 

 

しかもその間、USEN退任後、部下300人とともに引き取った

子会社U-NEXTが2014年東証マザースに上場。

 

コロナ禍にあえぐ経営者に知っていただきたいことなのです。

こんな不死身の経営者もいるのです・・・。




その3 大阪有線を作り上げた男


物語の主人公は、この宇野康秀さんなのですが、

実はその父親である宇野元忠氏の記述が非常に面白い。

 

いろいろ波乱万丈の起業家ですね。

ではその宇野元忠氏。

1935年(昭和10年)生まれ。国籍は中国(台湾)。

この方は優秀だったのです。

なんと、大阪大学経済学部卒。

脱サラして1961年(昭和36年)、26歳の時に大阪ミナミで

「大阪有線」を設立し起業します。

 

時代背景は、池田隼人首相が「所得倍増」を掲げるくらい

日本全体で景気の良い時代に突入していたのですね。

 

この本で「有線放送」という商売が良く分かりましたが、

このビジネスご存じでしょうか?

 

この頃日本で「有線放送」というビジネスが生まれたのです。

当時は「レコードを聞く」という文化が、日本に今以上に

根付いていたのですね。

今のNHK朝ドラではないですが、古賀メロディーが大ヒット。

美空ひばりや石原裕次郎という昭和の大スターが生まれたのも

この頃でしたからね。

 

有線放送とは朝の9時から深夜の1時までレコードブースでレコードを

流し続けるサービスなのです。

ただ今と違って、インターネットも、それこそ無線もない時代です。

それをまさに「有線」で、つまり有線放送用の線(スピーカー線)を

飲み屋街などのお店につなげなければならなかったのですね。

その線を電柱などに実際に這わせるのです。

でも実に原始的ですね。

 

「電柱の使用料を払わないで、夜陰にまぎれて盛り場の電柱に

よじ登り、有線放送のためのケーブル線を引く」

 

ということが日常だったそうです。

今から見たら「これ違法?」そう思いますよね。

当然警官に注意されたこともあったそうですが、

戦後のどさくさのおおらかな時代だったのですね。

 

契約は一か月1500円。コーヒー一杯が500円の時代ですから、

今の貨幣価値なら10倍以上でしょうか。

それでも嘘のように契約が取れたそうです。

一か月で100件は軽く取れたというのですね。

当時のレコードの値段を調べましたが、

EP300円、LP2000円です。

レコード自体も結構高かったのですね。

ですからヒット曲EP5枚の値段で、「聞き放題」ですから

安いと思われたのでしょう。

 

ここで「一か月で定額サービス」と聞くと、

今でいう「サブスク」ですね。

そうなのですね。まさに「元祖ベンチャー」だったのです。

しかし、

 

「有線放送の線を這わせるために道頓堀川を泳ぎ、

深夜に飲み屋街の屋根から屋根を伝うこと」

 

 

というのは、どう見ても「違法」でうさんくさいですね。

しかも儲かります。ということはこれは暴力団の資金源にもなったそうで、

ということは一般の方はやらなかったらしいです。

 

しかし、元忠氏は超ワンマン経営者だったのです。

この違法なまま、しかも当然それを知ってながら、

日本全国に営業所を拡大して売上を急拡大させていきます・・・。




その4 有線放送のビジネスとは


ここでハッキリ書きます。

昔は「有線放送はヤクザの商売」とまで言われていたそうです。

  

有線放送は昭和35年頃(私が生まれたころですね)、

盛り場で生まれたのです。

当時は日本全国の盛り場には濃淡はあれヤクザが後ろに

控えていたのだそうです。

 

そこでレコードを流して、その料金を取るのですね。

しかも、有線放送用の線(スピーカー線飲)を

飲み屋街などのお店につなげるのです。

 

ここですぐ気が付きますね。

 

「レコードの著作権はどうなるの?」

 

今の法律なら厳しいのでしょうね。

でもそれに文句を言わせないくらいのヤクザの「力」が

必要だったのでしょう。

これ以上勝手な想像では書けませんが、

当時の大衆音楽には、きっと巨額な利権があったのでしょう。

 

しかも、

「電柱の使用料を払わないで、夜陰にまぎれて盛り場の電柱に

よじ登り、有線放送のためのケーブル線を引く」

これこそ、法を無視したまさにヤクザな商売ですね。

 

電柱の持ち主からよく文句が出なかったのですね。

 

ただここで、宇野元忠氏は経営者として素晴らしい才覚があったと認めます。

「ベンチャー経営者としての、元忠氏の独特の人材登用術と臭覚」

がずば抜けていたようです。

 

大阪だけにとどまらず、全国に拡大していきます。

 

そして東京に進出。

東京の大手の名前は「日本音楽放送」。ここは現在のキャンシステム

なのですね。

「宿命のライバル」との「バチバチ」の争いを繰り広げます。

 

有線放送の全国の覇権をめぐり、ライバルとの抗争は続きます。

1970年(昭和45年)に大阪で万国博覧会が行われましたね。

ここでも「大阪戦争」というのが行われたそうです。

 

熾烈な争いの果てに、

「電信柱に登った男が電柱に張られたケーブルをニッパで切るような事件」

が多発します。

  

最後には警察が介入・・・。

 

まさにヤクザの抗争のようなお話。

このあたりは、実に面白いところ。

ぜひ本書をお読みください。




その5 日本の通信ビジネスを変える会社だった


大阪有線は、いろいろ「突っ込みどころ満載の」ベンチャー企業だったのですが

元忠氏はそれをどんどん拡大していきます。

このあたりの経営手腕は「ちょっと昭和の時代の古臭さ」を

感じますが、読んでいて面白いところ。

 

昭和50年代には、社員7000人〜8000人。

すでに売上高数百億円の規模です。

立派な大企業へと成長していったのです。

 

ここで逸話が紹介されていました。

「社長、そろそろ株式の上場をしましょう。」

と証券マンが日参したそうです。

 

ここ読んで私はすぐ思いましたね。

「もし大阪有線がここで上場を目指していたら日本の通信業界は

間違いなく変わった。」と・・・。

 

急成長してましたが、ご紹介したように「電柱の不正利用による違法性」が

ありますね。

どこの取引所もこんな違法性のあるビジネスを上場なんかさせません。

 

本気で上場公開を目指したなら、ここでその違法性を修正するために、

当時の郵政省と、電柱の使用契約をキチンと結んでいたはずだったのですね・・・。

実はこの本の主人公が、それに気が付いて後日かなり苦労して行った仕事でしたから・・・。

 

 

この元忠氏の経営者としてのずば抜けた能力は認めますが、

このコンプライアンスについて欠如していたのですね。

(当時はコンプライアンスなんて言葉も発想もなかったでしょうけど・・・)

 

その後もその郵政省と喧嘩し続けます。

怒った政府は「有線ラジオ法」を制定して、

大阪有線に対する規制を強化してきたのです。

 

しかし、それに対しても元忠氏はまったく聞く耳を持たなかったのです。

ついに1980年(昭和55年)に警察に逮捕されます。

 

さらに、政府は1983年(昭和58年)に有線ラジオ法を改正して、

大阪有線の事業自体の差し止めができるくらいの規制強化を

してしまいます。

 

それでも郵政省と争いは続きますが、

バブルの絶頂期と言われた1990年代の前半には、全国の90%を

網羅する一大ケーブルネットワークを作り上げていたのです。

 

売上はなんと600億円。

創業時にはわずか2チャンネンルで始まったサービスは

440チャンネンルまで拡大。

何よりも、

「北は礼文島から南は石垣島までという大阪有線のケーブルネットワーク。

その規模はNTTに匹敵する規模」

だったのです。

しかも、元忠氏は60歳手前の働き盛り。

 

本当は彼こそ日本の通信ビジネスを劇的に変えるリソーシスを

持っていたはずだったのです・・・・。

 



その6 IT戦国時代!


大阪有線の創業者 宇野元忠氏は残念ながら病に倒れます。

末期がんと分かった元忠氏は、急遽次男の康秀氏に社長の座を譲ります。

このあたりの事業承継のお話は実になまめかしい。

 

ここでこの本の主人公である宇野康秀氏が、ようやく登場します。

康秀氏は1989年にリクルートコスモスに入社。

わずか1年ほどで退社し、インテリジェンスを創業していました。

しかもその時は、そのインテリジェンスの上場直前のこと。

当時の大阪有線は、日本中のいたるところにネットワークが

構築されていたものの、個人保証で800億円もの債務。

そして問題の不正利用の電柱が720万本。

 

でも、康秀氏は手塩にかけて育ててきたインテリジェンスを辞めて

大阪有線の社長になるのですね。

その不正利用の電柱の処理に、500億円もの費用と2年ほど時間がかかります。

 

ここなのですね。

この2年間の遅れが大阪有線のその後の運命を決めたのですね。

この本を読んでよく分かりました。

 

康秀氏は2000年4月社名を「有線ブロードネットワークス」に

変更します。

「光ファイバー事業」に本格的に乗り出したのですね。

ご紹介したように、全国に張り巡らされた通信網は民間では

この「有線ネット」しかなかったのですから。

 

また当時のやりとりも実になまめかしい。

ソフトバンクの孫氏もこの全国ネットに目を付け

「500億円出資する」

とか、あのソニーの当時の出井社長から

「3000億円出資する」

というような話もあったそうです。

 

それで2001年に、ようやく有線ネットの光ファイバー通信サービス

を始めたのです。

当時のNTTNの光ファイバーのスピード10倍、

料金は半額以下の4900円。

 

でもその頃のこんなことあったのを覚えていますか?

ソフトバンクの孫氏が取った、「YAHOO!BB」戦略。

 

「ADSLのモデムをタダで配り、2か月間ADSLのレンタル料、

使用料などをタダ」にする作戦。

 

そのせいでしょうか。

社会全体も光ファイバーからADSLへと変わっていったのですね。

しかも、通信業界の巨人NTTも光ファイバー分野に本格参入して

きます・・・。

 

この本を読んで思いましたが、ちょうど2000年前後は、

その400年前の日本と一緒ですね。

まさに「IT戦国時代」なのですね。

 

第三次産業革命と言われる「情報革命」が起こり、

数多くのIT起業家が誕生しました。

国策会社巨人NTTに皆戦いを挑んでいたのですね。

その覇権争いで、宇野社長と孫社長も熾烈な争いを繰り広げたのです。

戦国好きの私としてもこれはいわば「国盗り物語」のようで楽しいのです。

どっちが「信長」でどっちが「秀吉」か分かりますか・・・。




その7 不屈の起業家!


2006年(平成18年)はUSENにとっては、つかの間の「天国」の

時代だったのでしょう。

USENの株価は1月に上場以来の高値3800円をつけ、3月にインテリジェンスと

学生援護会を合併し完全子会社化します。

同時に、USENの代名詞となった「Gyaoのモバイル版」の放送開始。

Gyaoの加入者は1000万人を超え、毎月100万人ペースで増えていきます。

 

さらに、この時三井住友銀行とゴールドマンサックスを主幹事とする

500億円のシンジケートローンを組みます。

しかし、これこそが、のちに大変な目にあわされたローンでした・・・。

 

本当に、宇野氏は本当にジェットコースターのような人生です。

その後Gyaoの業績低迷に加え、派遣業界に起こった「二重派遣問題」など

経営環境は急速に悪化します。

さらに冒頭申し上げた2008年のリーマンショック。

3800円あった株価はなんと200円に・・・。

 

ここでシンジケートローンの主幹事から強烈なゆさぶり。

「倒産させたうえでの再建」まで考えていたようです。

銀行の身勝手さを本当に思いますね・・・。

ここ読んで、「半沢直樹」の大和田常務をすぐ思い出しましたね。

 

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三井住友銀行の大和田常務ならぬ「原田良輔常務」が実名で出ていました。

「借りた金を返さないのは泥棒だ」

とまで罵声を受けます。

 

さらに、ゴールドマンの小泉泰郎氏。

担当者を紹介するために原田常務にあいさつに行くと

「名刺を出す前に、お前のやることはまず土下座することだ」

 

本当に「半沢直樹」の大和田常務以上の憎らしさです・・・。

 

結局、宇野氏は退任させられます。

このあとUSEN−NEXTを上場させた後に2017年、

なんとUSENにTOBかけます。

 

辞めさせられた会社をまた買い戻すのですから、

これはすごいことです。

きっとそれだけ父親が作り上げたUSENに愛着があったことと、

銀行に対して心底「恨み骨髄」だったのでしょう。

 

「どこかであいつらを土下座させてやる・・・」

 

それぐらいの「覚悟」はないとベンチャー企業の社長はできないのでしょう。

でもこんな大変な時に、「トライアスロン」をやっていたとはさらに驚きです。

 

 

現在宇野氏は、傘下に18社を納める「USEN−NEXTホールディングス」

の代表取締役CEOです。

売上高1兆円を目指すと書いてありましたから、

どこかでそれを達成させて三井住友銀行にTOBを

かけるくらいの野心がきっとあるのでしょう!?

 

ただ、三井住友銀行の原田常務は、その後SMBC債権回収の

社長になったようですが、もう退任してしまったのですね・・・残念。

 

しかし、こんな経営者が日本にいるのですね・・・。

「起業家の覚悟」をご理解いただけたでしょうか。

 

(コロナに負けるな! ガンバレ起業家シリーズ 
おしまい)

 



 



 



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