その1 工場にはとても見えないピンクの本社
こんな鉄工所が本当にあるのか!
本当に驚きます。
まずこの表紙の絵は何だか分かりますか。
今から10年ほど前の2007年。
京都の宇治市に建てられた本社です。
これ本社工場なのですが、とても工場には見えませんね。
社名は「HILLTOP」。
ピンク色になっていますが、本当にコーポレートカラーは
そのピンクなんだそうです。
4階には広い社員食堂があります。
最上階には和室、お風呂、筋トレルームも・・・。
最近2014年には米国進出しました。
現在はNASAやディズニーとも取引があるそうです。
何をやっているかというと
現在は「多品種単品のアルミ加工メーカー」です。
HILLTOPは今から57年前の1961年(昭和36年)に創業した
山本精工所という、小さな町工場でした。
なぜ町工場が創業されたのかその理由を知ると泣けます。
現社長の山本正範氏が3歳の時大病を患い、一命を取り留めたものの
薬の副作用で聴力を失いました。
そのことに責任を感じたご両親が、製造業とはまったく無縁ながら
「耳が聞こえなくても働き口に困らないように」
ということで鉄工所を始めたのだそうです。
何だか、今のNHK朝ドラの「半分、青い」のリアル鈴愛
のようなお話ですね。
大手自動車メーカーの下請、孫請工場として部品製造を
請負いご両親は朝から晩まで全身油まみれになりながら
3人の子供たちを育てなのだそうです。
結果的にその長男正範氏が社長に、二男昌作氏が副社長に
三男昌治氏が専務として家業を継いだのですね。
この本の著者はその二男の昌作副社長です。
この方は掛け値なく型破りな方ですね。
「こんな経営者がいるのか!」
本当に驚きます。
一言で言うと、町工場を
「24時間無人加工の夢工場」
へと変身させた方です。
まあビックリします。
驚かずにお聞きください・・・・。
その2 ここ10年で急成長!
まずリアル数字を見てください。
HILLTOPの現状です。
ここ10年で急成長しているのがよく分かりますね。
まず売上が10年前に5億円前後であったものが
なんと2018年度で23億3261万8000円!
社員数も50人足らずであったところが151人。
あとさらに驚くべき数字ですが、取引社数が
500社に満たなかったのがなんと3460社に!
劇的に変化を遂げているのですね。
どうしてこれだけ変化することができたのでしょう。
ここに絶対ヒントがあると思いませんか?
表にはなかったのですが、利益率はなんと20%を超えます。
鉄工所の利益率は業界的に3%〜8%程度ということですから
驚異的な変化ですね。
ただここに至るまでの経緯はやはり人には言えない「いばらの道」が
あったのです・・・。
ぜひそこを学び取ってください・・・。
時計の針を、創業17年目の1977年(昭和52年)まで戻します。
二男である山本昌作副社長が入社した年です。
この頃は社員が5〜6人のまさに「零細町工場」でした。
創業して17年。
「鉄工所は儲かる」と言われていたのに重労働の割には
利益はほとんど残らないのです。
その当時の父親の考えは
「大事なことは売上を確保すること。
そのためには下請、孫請に徹するんだ」
そういう信念だったようです。
私も税理士を開業して20年。
こういう「売上至上主義」の社長さんは本当に多いです。
特に、得意先から独立して開業した場合など、徹底して忠誠を
尽くします。
でも・・・しかし・・・。
これはどの経営者も悩みぬく難問なのでしょうね・・・。
ただこの副社長は早くからこのビジネスモデルを否定します。
「下請、孫請として日々繰り返される単調な作業は
苦痛以外何物でもありませんでした・・・」
そうかもしれませんね。
ただ、それがある意味町工場の宿命でもあるのですね。
チャップリンのモダンタイムズという有名な映画がありますね。
今から80年以上も前1936年のアメリカ映画ですね。
主人公のチャップリンが機械文明を強烈に風刺した作品で、
労働者の個人の尊厳が損なわれ、機械の一部のようになっていることを
それを笑いで表現したのですね。
副社長は町工場はモダンタイムズそのものだと
本気で思いだしたのです・・・・。
その3 下請をやめる
「絶望的な下請の未来」
この副社長はハッキリ言いますね。
日本の町工場はほとんどが下請の仕事です。
親会社の傘下に入れば安定しますからね。
独自の商品開発も新規開拓の必要もないのです。
だけど、下請の立場は脆弱ですね。親会社の動向で業績が左右されます。
発注側は取引上の有利な立場から、コストダウンや不利な取引条件を
一方的に押し付けてくることもあります。
オイルショックやリーマンショックなど
過去経済危機があるたびに多くの下請企業が倒産していきました。
この副社長はもっとハッキリ言います。
「ジャストインタイムこそ下請いじめ」だと・・・。
すごいですね。
ジャストインタイムとは
「必要なものを、必要な時に、必要なだけ」
ということですね。
あの日本を代表する企業、トヨタのかんばん方式として有名なものです。
要するに
「ムダ、ムラ、ムリ」をなくし生産効率をあげる仕組みですね。
自動車部品の下請の町工場が、あの天下のトヨタを批判しているからこそ
すごいと思いませんか。
でも
「ジャストインタイムが原因で多くの下請部品メーカーが苦しんでいます。」
ハッキリ言っていますね。
ジャストインタイムを導入した親会社は、当然ですが
下請に短納期、小ロット納入を求めてくるということなのです。
下請は自己責任で在庫を積み上げて対応するしかないということなのです。
町工場の現状をこのようにバラシテしまっているのですね。
それでこの副社長はどうしたか。
驚くべきことに下請を止めてしまったのです。
親会社に「下請をやめる」と言い出したとたん、
当然ですが工場内の機械はすべて引き揚げられ、
当時の売上の8割を無くしたのです。
それからの3年間は、売上も仕事も給料もなく、
路頭に迷ったのです・・・。
下請をやめるとはこういうことなのです。
でもこの副社長は、駆けずり回って仕事を取ろうと努力したのです・・・。
本当にすごいですね。
この覚悟がなければ変わらないのです・・・・。
その4 書かれていない暗黒の20年
「脱下請」を図ったHILLTOPはいったいどうなったのでしょうか?
冒頭ご紹介したように、この会社はここ10年で急成長した会社です。
ですので、下請をやめたその後の約20年間くらいは
「暗黒の20年間」
が本当にあったと思うのです。
そこが一番知りたいのですが、こういう本はあまり本当の苦労話は
書かないのですね。
今から30年前のバブル期は鉄工所も好景気であったはずです。
ものが大量に製造され売れる時代ですから、町工場であっても
景気は良かったはずですね。
どこの町工場も大量生産に明け暮れます。
ところがこの副社長は「脱下請」にかじ取りを切った以上、
量産の仕事はあえて取りにいかなかったのです。
単品の仕事ばかり狙っていました。
同業者からこう言われました。
「山本さんは頭おかしい。量産の仕事をすればほっておいても
儲かるのに、どうして七面倒くさい単品の仕事ばかりするのか・・・」
本当に同業者からこう「バカ呼ばわれ」したのですね。
当時の町工場は空前の好景気だったのでしょう。
下請であっても仕事がありさえすれば利益は確保できたのでしょう。
この副社長は儲けを度外視するのですね・・・。
「儲かるかどうかわからない。楽しそうだからやる。」
「儲からなくても、社員のスキルがあがるからやる。」
こんな考え方でいたのです。
読みながら考えました。
「確かにそれは理想だけど、利益を出さなければ企業でない・・」
そうなのですね。
社員のスキルが上がるのはいいけど、利益を出して
給料を払ってやらなければ社員の生活が成り立たないのです・・・。
例えば、HILLTOPでは無人搬送車(AGV)の開発を
しました。
開発をした理由は「楽しそうだから」
開発にかかった費用は何と1億円です。
結局開発はしたもののこれについての売上は1000万円です。
「差引9000万円の赤字です・・・。」
顧問税理士であったらつい言ってしまいますね・・・。
小さな町工場では9000万の赤字に耐えられなくて
倒産してしまうことさえあると思います。
ですので、この暗黒の20年は本当に大変だったと思うのです。
「下請なんかつまらない仕事をやめたい」
「楽しい仕事を誰でもしたい。」
「こんな理想の会社に誰でもしたい」
経営者なら感じるかもしれませんが、すこしデフォルメされ過ぎているのでは
ないかと正直感じます・・・・。
その5 加工はすべて機械に任せる
ではこの本で一番びっくりするところをご紹介。
「こんな町工場があるのか!」
本当に驚きますね。
町工場というと、作業着きて全身油まみれになりながら
働くイメージですね
通常の鉄工所の場合は、就業時間の8割が機械の前、2割がデスク作業。
これを何と逆転させたのですね。
ヒルトップ・システムという画期的なもの。
原則は二つ。
「加工中に機械の前に立ってはいけない」
「加工はすべて機械に任せる」
これだけです。
このシステムをかんたんに言うと
「日中はデスクに座ってプログラムをつくりながら機械を稼働させ、
社員が帰った夜間も機械は稼働し続けるしくみ」
もっとかんたんに例えると
「夜に炊飯器にスイッチ入れて寝ると、朝出来立てのごはんが
炊けていますね。」
あんな感じです・・・・(少し変な例えですか)
まさに「夢工場」
全国の町工場の方に、これを紹介すると多分まったく信じられないのではないでしょうか。
こんな工場が世の中にあるのですね。
冒頭申し上げた、「チャップリンのモダンタイムズ」を完全に
否定したのです。
チャップリンがいやいややっていた
「ルーチィン作業をプログラム化させ、機械に加工させる」
ということに成功したのです。
社員も作業着でなく、白衣を着ているんだそうです。
もちろん、油の匂いなんかしないのでしょう。
こんな「夢工場」を信じられますか。
入社半年の新入社員でもベテラン職人と同じように製品がつくれるのですね。
ここで私は日本酒のあの「獺祭」を思い出しましたね。こちら
櫻井社長はそれまで日本酒の製造に必要不可欠な「杜氏」を廃止して
すべて工場で作り上げるという画期的な製造法を考案したのでしたね。
町工場も「下町ロケット」や「町工場の女」のようなイメージを
持ってはいけないのですね。
「脱職人」にパラダイムシフトしつつあるのです。
これは感動しました・・・・。
その6 ロングテール戦略
このヒルトップシステムは本当にすごいですね。
社員が帰った後に工場を稼働させ、製品を大量に作れば
必ず儲かりそうですね。
でも、この副社長はそういうことしないのですね。
なかなかここは経営学的に参考になるお話ですね。
実は、この副社長は大阪大学の講師をするくらいの
経営戦略の専門家なのです。
単なる中小企業の経営者とは違います。
経営者としては「当たり前に」悩むことですから。
ここは解説しておきましょう。
まずマーケティング理論のひとつに「パレートの法則」と
いうのがあります。
分かりやすく言うと「80対20の法則」ともいいます。
「企業の利益の80%は20%の製品から生まれる」
ということなのですね。この法則にのっとれば
80%の利益をもたらしている20%の製品を分析し、
この20%に経営資源を集中させるべきということなのですね。
さらに、上位20%の優良顧客に対して、集中的に販売拡大策を
取るのが得策ということです。
多くの中小企業で取っている戦略ということではないかと
思います。
「売れ筋商品」を集中的に「優良顧客」に売るということ当たり前と
考える経営者も多いでしょう。
「パレートの法則」と相対する言葉に「ロングテール戦略」というのが
あります。
このグラフを見ると分かりますね。
「長いしっぽ」から「ロングテール」と呼ばれるのですから。
よくこの戦略を取っている企業で「アマゾン」があげられますね。
リアル書店では棚のスペースに限りがありますので
ベストセラーを陳列しますね。(パレートの法則)
これに対してアマゾンはインターネットを使って、
圧倒的な優位なポジションを持って「ロングテール型」のビジネスを
成功させたのです。
ではこのHILLTOPでは、パレートの法則は従わないのです。
徹底的に「ロングテール戦略」を取っているのです。
驚くべきことに1個の受注が68%、2個の受注が10.7%なんだそうです。
ということは、1個、2個の両方合わせて約80%!
パレートの法則と真逆です。
ですから、2018年の取引者数は3000社を超えます!
こんな会社ありませんね・・・・。
その7 夢工場が現実・・・
家庭用のパソコンが普及し大始めた頃から
このヒルトップ・システムを開発していったそうです。
ということは今から20年も前のお話なのです。
その開発は本当に大変だったのでしょう。
ようやくそのシステムが出来上がると、
ご説明したロングテール戦略で
「多品種少量戦略」を進めていきます。
世間ではこのシステムに注目していきます。
ところが、その「夢工場」が完成しつつある2003年。
今から15年も前のことですが、大事件が起こります。
この副社長はその年に起こった工場火災で瀕死の重傷を負います。
顔、両手、両足がすべて焼け、包帯で全身覆われ
ミイラのようになったそうです。
意識不明の危篤状態が1カ月も続いたそうですから
本当に危なかったのかもしれません。
4か月後にようやく退院して、それから人生観が変わったそうです。
先月読んだ「社長の鬼原則」で板坂氏も
「二代目社長が変わる時は覚悟ができたとき」
それを思い出しました。 こちら
この副社長はご紹介したように二代目です。
この覚悟ができたことで
「日本一優秀な二代目社長」に変わりました。
冒頭ご説明したとおり、それからの10年でこの企業を急成長させています。
本当にすごい企業ですね。
なぜガイアの夜明けやカンブリア宮殿に取り上げられなかったのか
不思議ですね。
個人的にはダイア精機の諏訪社長と、
「これから町工場の未来」
と題して講演会か対談でもしていただきたいくらいですね。
でもこれだけ熱く語っても、信じられない経営者がほとんどではないでしょうか。
そう思われる方はぜひこの企業の工場見学に行かれたらどうでしょうか。
特に町工場の経営者にお勧めしたいですね。
本当に私自身一度訪れてみたいと本当に思います。
年間2000人もの来場者があるのも納得できるでしょう。
未来の「夢工場」が今や現実のものだと、
間違いなく驚かれるのでしょう。
最後に申しあげたいのですが、このヒルトップシステムの考え方は
町工場だけでもないと思うのですね。
AI時代の本格化に向け、きっとすべての業種にもあてはまるヒントに
なっていると思うのです。
私自身感ずるところもあります。
「朝出社したらすべての製品が出来上がってた」
そんな夢工場を私も考えたいですからね。
例えば会計事務所なら、
「朝出社したら、決算書が出来上がって申告書も自動送信されていた」
そんな「夢会計事務所」はいつかきっとできると思うのですね。
山本副社長は大事なことを言ってます。
「無理だと思っていたら絶対に無理」
「目標や夢を持つことで道が開けてきます」
本当に素晴らしい経営者です・・・・。
(がんばれ!夢工場シリーズ おしまい)